2009年10月11日 (日)

IFSAの予想どおり慎太郎五輪はドボン=そうなった必然性を一度振り返っておかねば!

150億円(いや、一説には400億円[註])ともいわれる巨費を投じた東京五輪誘致は、ほら見ろ、だから言わないことではといった感じで大敗した。◇IFSAは過去何度か、当通信でそのばかばかしさを論じてきたが、今回は毎日新聞の記事だけを頼りに敗退の必然性を総括しておきたい。

◇もちろんもっと多元的な見方も成立しようが、過去の報道を丹念にフォローしていれば、たとえ毎日新聞1紙だけからでも見えてくるものは想像以上に豊かなはずだ

[註]きっこのブログ(09.10.03)<五輪惨敗で石原都知事の責任重大>と題してこう書き記す。◇「今回の招致活動では、単なるジオラマ制作に5億円もかけ、50人もの関係者に1着30万円のスーツを配るなど、都民の血税を湯水のごとく使い続けたため、東京都の発表している150億円という予算を大幅に超え、一部では400億円超える血税がドブに捨てられたと言われている」。

◇手始めは、五輪誘致の不純な動機から。

◇「石原知事が都議会で五輪招致を宣言したのは05年9月。銀行税やディーゼル車規制に代表される華々しい都政運営が鳴りを潜め、人気にも陰りが出始めたころだ」。◇「『知事の、知事による、知事のための五輪』。トップダウンで決まった立候補は、そんなふうにも揶揄(やゆ)された」(★★消えた東京五輪:招致失敗の波紋/上 残り1年半、知事を待つ嵐・毎日jp.・2009.10.04)

◇「今年初め、招致に慎重な民主党都議が党中央に冷静な対応を文書で求めたことを知ると、知事は都議会の一室でこの都議らを呼び止め、『みていろよ、恥をかくからな』とののしった」(同上)。◇どちらが恥をかいたかは歴然であろう。

◇動機のひとつは、石原人気沈没へのこのような一発逆転策。しかし彼の意図はそれにとどまらない。◇「五輪招致の目的についても石原都知事は、東京の再生によって日本国の底力を世界に示し、国威を発揚させる、と力説している」(★★2016年東京五輪招致をどう考える・谷口源太郎・毎日新聞朝刊・09.04.03)からだ。

◇そしてこの上にかぶさってくるのが、例の経済効果[=註]という妖怪であるのは言をまたない。◇だから産業界は事前に50億円ものカネを出したのだし、五輪開催による不動産価格の値上がりを見込み、皮算用に余念のない人士も大勢いたに相違ない。

[註]=「五輪を開催した場合の経済波及効果を、都は全国で2兆8000億円(うち都内で1兆6000億円)と試算したが(後略)」(★★クローズアップ2009:三たび招致失敗 日の丸五輪、遠のく夢・毎日jp.・09.10.04)

◇だから、以下のような本末転倒そのものの嘆息が役人からもれたりもする。◇「五輪招致というエンジンを失った今、都の幹部は言う。『開催を想定した都市像は、東京が直面する問題の解決をさまざまに織り込んでいた。これに代わる目標は、すぐには見いだせない』(★★消えた東京五輪:招致失敗の波紋/中 残る借金と未利用地・毎日jp.・09.10.04)

町村敬志・一橋大大学院教授にこう指摘されるまでもなく、何ともお粗末な話というしかない。◇「本来、独自の理念を持っているはずのスポーツイベントが、都市開発の道具としてしか語られないのは不自然だと思う。さらに言えば、五輪のようなイベントにしか、都市の未来を託せない思考にこそ、問題があるのではないか」(★★2016年東京五輪招致をどう考える・毎日新聞朝刊・09.04.03)

◇しかし不純な動機は以上の3点ばかりでなかった。◇そこには、これまた妖怪のようなスポーツ界もからんでくる。

◇「国際オリンピック委員会(IOC)の総会で、東京五輪の招致に失敗したことは、スポーツ界にとって、トップ選手強化の『大義』が失われたという側面を持つ」。

◇「上村春樹・選手強化本部長は『16年五輪の国別メダル数で3位以内に入るには、12年ロンドン五輪で5位になっておく必要がある』と説明。ロンドンでは14~16個、幻となった東京で25~30個の金メダルが必要と具体的な目標も掲げた」。

◇「08年北京五輪で日本が獲得した金メダルは9個で、国別ランキング8位」。◇東京五輪を想定し、それ向けの「強化費増額への期待があったはずだ」(以上、★★敗北の衝撃:16年招致/中 強化費増額に暗雲 JOC構想「大義」失い・毎日jp.・09.10.06)と記者は書いている。

◇お~お、日本全国すべては東京での五輪開催にかかっているってか?◇ダメだ、メダル数激増までが招致の動機!ってんじゃ。◇また彼らの背景に、以下のような考え方があるというから、IFSAはフレッシュな感じをもって驚かされる。

◇「JOCの福田富昭副会長は『これまでは火山の爆発で溶岩を流れさせ、底辺を広げようという考え方だった。この方が”ボトムアップ”の方法より、コストがかからない』と持論を展開し、新政権のスポーツ政策に注目している」(同上)。◇何とも安直な思考法。やはりこれじゃ日本のスポーツはネ、とあらためて感心させられる。

◇さて、以上のような思惑がいくつもからまれば、世界に発信すべき<理念>とやらが笑止千万なものに堕するのは理の必然といえよう。◇「環境に配慮した五輪」やら「コンパクトな五輪」やら、そうした理念でも追いつかないとなれば、平和憲法をせせら笑う石原慎太郎、恥じらいもなくこんなものまでをも持ち出した(=当IFSA通信にて既報)。

◇「招致の理念について石原都知事は『どうにでも書ける』と、理念のなさをさらけ出し、メディアなどから批判された」。◇「揚げ句の果てに作文されたのが、『平和に貢献する 世界を結ぶオリンピック・パラリンピック』という理念だった」(谷口源太郎・同上)。

◇しらじらしい<平和>はともかく、得意満面の<環境>ですら、「太陽光パネルなど最新技術を駆使した環境対策を強調する東京に対して、IOCの評価委員は『我々は国連ではない』と冷ややかだった(★★16年夏季五輪:東京落選 南米初、リオ選出・毎日jp.・09.10.03)てな調子で一蹴(いっしゅう)されてしまうといった案配(あんばい)。

◇そりゃそうだろう、何でも言えばいいってものじゃない。◇評価委員の皮肉は実にいい線をいっている。

◇そんななか、今日、昼食のそば屋でスポニチを読んでいたら、美輪明宏が辛辣(しんらつ)な石原慎太郎五輪批判を展開していた。◇そのなかで特におもしろかったのは、コペンハーゲンでの石原プレゼンに触れた部分。

◇あんな都職員への訓辞のような演説でウケるわけはないだろう、と。◇傲岸(ごうがん)不遜、ひとに頭を下げるなど体験したこともない男が、とってつけたようにお願いをしたところで、ミエミエは避けようがないというわけだ。

◇その石原が、先の総選挙応援演説でけなしまくった敵陣の鳩山由紀夫首相に頼み込み、デンマークへのご足労をお願いしたのだから、よほど万策尽きていたとみえる。

◇鳩山首相はといえば、この際、石原に貸しを作っておくのがいちばん。◇もしくは、人のせいにするのが得意な石原のこと、誘致失敗の戦犯にされてはかなわないから、勝算のないセレモニーへも出かけていった。◇加えて、<気分転換も兼ねて>といった鳩山一流の遊び心も加わり。

◇それらをひっくるめた成り行きのすべてを、国民は淡々とながめていた。◇今回の石原独り相撲はまあそんなところであったといえよう。

◇おごれるもの久しからず。◇責任をとっての辞任はないと開き直る石原慎太郎に対し、そうもいかないという情況がこれから展開されるはずとIFSAは見る。◇まずは最低でも150億円という、常識を超えた<使途精査>から。

◇へたに辞任し、次期東京都知事から洗い出しをされるのも怖いし、プライド高き男、議会からの攻撃にさらされるのもゴメンだし。◇さらにはそこへ新銀行東京問題も加わるし。

◇エラそうな石原の相克はつづく。(敬称略)

★★[IFSA]★★Michio Abe

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2009年5月 2日 (土)

何が五輪!荒川・隅田川の破堤対策=石原知事のリードすべきはその種の根本マター

★★荒川:堤防決壊なら地下鉄97駅水没
毎日jp.・2009.01.23(A)
★★荒川決壊なら都内地下鉄97駅浸水、大半水没
・・・防災会議
YOMIURI ONLINE・09.01.23(B)

◇「中央防災会議の『大規模水害対策に関する専門調査会』は23日、大雨により東京都内で荒川の堤防が決壊した場合について、地下鉄の浸水被害想定をまとめた」。◇「現在の止水対策だけでは、17路線97駅(延長約147キロ)がほぼ水没する可能性があり、決壊後わずか3時間余で大手町駅など都心の駅に水が流れ込む場合もあることが分かった」(A)。

◇「200年に1回の頻度で発生する恐れがある大雨(流域の平均雨量が3日間で約550ミリ)を想定した」(A)。◇「国による水害の地下鉄被害の予測は初」(B)。

◇ところで、「地上の被害がないのに駅や駅につながる地下道などが浸水するのは、後楽園や神保町、霞ヶ関、六本木など。地上よりも早く浸水するのは35駅で、大手町では地上よりも7時間早く濁流が到達し、完全に水没すると予測された」(B)。

◇その理由は「地下鉄が『下水管』のようになり、被害が急速に広がる危険性があることも分かった」(A)から。◇足立区の堤防が決壊した場合は北千住駅の水深が5メートル程度に達して大きな水圧が発生し、トンネルに流入した水が一気に都心へ移動」(A)。

◇そのため「約3時間で大手町駅、約4時間で東京駅が浸水(後略)」(A)。◇「(前略)霞ヶ関や六本木など44駅では、地上は浸水しないのに、駅や駅につながる地下街が水没する可能性が高いとも判明した」(B)。

◇いずれも本年1月の記事だが、はたしてどれだけの人が目にしたことだろうか。もしくは、読んでもどれほど印象に残っていることだろうか。◇だいいち、事件や芸能関係だとすぐ大騒ぎするテレビ媒体などは、この手の地味~な話題にまったく関心を向けない。

◇しかし、<東京低地や埼玉平野、そしてそこを縦横に流れる諸川>の研究もしているIFSAは、この記事にがつんとやられた。◇荒川・隅田川堤防がいつ破れてもおかしくはないとの危機感は人一倍もってきたつもりでも、地下鉄のトンネルが導水管の役目を果たし、まるでウオーターシュートのように大量の水が都心の地下街へ急速流入するとは!

◇地下鉄駅への降り口がマンホール、線路が巨大なる下水道に変化するというわけである。

◇たとえば足立区の千住あたりで荒川(=旧称荒川放水路)隅田川(=旧称荒川)が破堤したとしよう。荒川と隅田川にぎゅっとはさまれ、まるで中之島状態にある北千住の町などはひとたまりもない。◇そして記事のように、東京メトロ千代田線・北千住(地下)駅から水はどっと都心へ。

◇隅田川の右岸(都心側)が破堤となれば、日比谷線・千代田線・つくばエクスプレスの地下駅はまず危ない。◇それから、浅草の東京メトロ銀座線駅や都営浅草線駅も危険ゾーンに入ってこよう。

◇いずれにしろ、都心部ではいままで考えられなかったような人的・物的被害が発生することとなろう。◇もちろんのこと、J関係する地下街やJR東京地下駅もほぼ全滅。復旧までにどれだけの日数を要するか見当もつかない。

◇しかし今回の記事の眼目は<地下鉄のトンネルを通って激流が都心へ>にあるため、逆に視点が<地下>にとどまってしまうおそれがある。◇本質はいうまでもなく、破堤の影響を即受ける、<地上>での地域住民の命と多大なる物損の問題だ。◇とんてもない悲劇が発生するであろうことは想像に難くない。

◇ただ、都民はそんな重大な水害など念頭にもおいていないことだろう。というのも、戦後このかた60年強、北区岩淵(赤羽)より下流の荒川や隅田川がはんらんした経験をもっていないのだから。◇安全はもう日常になってしまっている。

◇そう、これは大正13年(1924)に大枠がほぼ完成、昭和5年(1930)に完工なった荒川放水路と岩淵水門のおかげなのだ。◇幾度とないそれまでの大被害に業を煮やした政府は、荒川放水路開削という世紀の大事業に打って出た。◇多くの反対と住民の犠牲のもと、まさにそれは突貫工事で行われた。難工事そのものばかりか、土地の強制収用面でも。

◇技術屋のトップはお役人の青山士(あきら)。その活躍は高崎哲郎『技師・青山士(あきら)の生涯』(講談社・94.05)に詳しい。◇また、足立区の小学校で先生をしていた絹田幸恵の『荒川放水路物語』(新草出版・90.11)も住民側の視点として参考になる。

◇それはともかく、完成からもう80年近く。荒川・隅田川とも堤防の強化につとめてきたとはいえ、まだまだスーパー堤防化にはほど遠いし、逆にあちらこちらでほころびも目立っている。◇何をおいても国&東京都が真っ先に取り組むべき公共工事であることだけは間違いがない。

◇それを怠れば、上記記事のような惨事ばかりか、沿岸地域の大惨事は免れないのだから。◇マクロ的には、国の機能も日本経済もマヒするほどのハイパー被害をこうむる。

◇07.11.23、東京の三田にて「利根川サミット」なる集会が開かれた。◇栃木・群馬・埼玉からは県知事が、茨城・千葉・東京からは知事代理のお役人が出席。関東地方に戦後最大の水害をおよぼしたといわれる<カサリーン台風>(1947年)被害を2度と繰り返すなの合い言葉のもと、啓蒙活動を展開した。

◇IFSAも出席したが、利根川が再度決壊すれば(=カサリーンの時は渡良瀬川との合流点付近だった)埼玉県とともに甚大な影響を受ける東京都の石原慎太郎知事は欠席。◇テレビが取り上げない渋い話題はごめんだよ、オレが出るほどの集会かといわんばかりの、慎太郎氏の行動パターンを強く印象づけたシーンだった。

◇そこで示された資料によれば、もしカサリーンと同規模の台風が襲い、利根川の土手が切れた場合の被害は、以下のように想定される。【註】*カッコ内はカスリーン台風時。*数字にはすべて<約>がつく。

◇浸水域内人口=230万人(60万人)。◇被害額(一般資産+農作物等)=34兆円(70億円)。

◇あのカサリーン台風時、利根川の東遷・荒川の西遷といった瀬替えにより、もはや主流の座を奪われていちローカル河川の地位に落ちた元荒川(もとあらかわ)・古利根川(ふるとねがわ)・中川等の<過去の川>に沿って水は忠実に流れ、埼玉平野・東京低地のかつての自然地理を思い出させる結果となったのだった。

◇そう、最終氷期を経て後氷期の縄文海進(有楽町海進)がもたらす増水により現出した奥東京湾。海は栃木県にまでおよんだその後、若干寒冷化して海は後退(縄文海退)、いまのような歴史時代の関東平野があらわれたという具合になっている。

◇カサリーン台風による水(溢水)はまさに、海進・海退が生んだ地質学的通路をなぞったともいえよう。

◇カサリーンが教えるように、コトは荒川だけでなく、関東の首根っこにある利根川の堰堤強度問題も避けて通れない。◇そう不安感をあおるなヨといったレベルではない現実的なマターであるだけに、緊急性は高い。◇これぞ真の意味でのハード的公共事業!IFSAはそう考える。

★★16年東京五輪の支持率伸び悩む
全国67%、都内は55%
TOKYO WEB(共同)・09.04.30

◇「共同通信社が28、29両日に実施した全国電話世論調査で、2016年夏季五輪の東京開催に賛成する回答が全国で67.8%にとどまり(後略)」。◇「さらに東京都での支持率は、全国より10ポイント以上低い55.6%で、各種イベントやテレビCMなどのPR活動にもかかわらず、支援が広がっていない現状をうかがわせる結果となった」。

◇この全国ベースでの<賛成>のなかには、「『どちらかといえば賛成』が27.5%」も含まれている。◇「16年五輪招致は4都市が争っているが、2月に各都市がIOCに提出した詳細な開催計画を記した立候補ファイルでは、地元の支持率はシカゴが77%、マドリードが89%、リオデジャネイロが82%で、東京は69%で最低だった」。

◇前述の洪水対策があるから五輪はすべきでない!などIFSAは単純なことは言わない。◇そういう論法をとるなら、社会福祉やインフラの整備が完成しないかぎり、五輪は開けないことになるからだ。◇その論法は、五輪は永遠に招致するなと言っているに等しい。進歩的知識人によくあるところの。

◇ただ、世の中にはバランスというものがある。いまの東京の<バランス>はどうなのか。1964年時点のような<バランス=ハード・ソフト両面の投資効果>を備えているのか。

◇都もその説明が困難と悟っているからこそ、「日本だからできる。あたらしいオリンピック!」などと、いまいちどころか、とってつけたような広告代理店的コンセプトを前面に出してみたり、石原には似つかわしくない、というより苦しまぎれの<平和>を持ち出してみたり、都営地下鉄や都バスをポスターで埋めてみたり・・・・・・・。

◇石原慎太郎に「戦後60年平和を貫いてきた日本で五輪を開催することにより、平和の尊さを世界に訴える」(★★16年夏季五輪:東京招致立候補ファイル 競技施設、都心部に集中・毎日jp.・09.02.14)なんぞ言われても、な~んちゃっての世界ではないか。

◇オリンピック誘致に失敗すれば<責任をとって>都知事をやめる結果、新銀行東京問題はチャラに。◇案外そうなるのではとIFSAは勝手に思い描く。

◇まあそれはそれとして、東京の大水害と2度目のオリンピック開催。◇大河川は国の直轄事業範囲だから、都は直接関与できないだって?冗談よしこさんだろう。

◇それより何より、都民ならびに国民は、首都圏の大水害とオリンピック!この問題のバランスをラジカル(根本的)にどう考えるのだろう。(敬称略)

★★[IFSA・阿部社会学ラボ]★★阿部道生★

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2007年1月31日 (水)

日本人に根強い漠然とした「自然信仰」-そのイデオロギーが随所で障害となっている

◇日本人は「自然」というコトバが大好き。そこに含意されるのは、それこそ「まっさらな自然」であり、少しでも人手の入ったものは、イメージから排斥される。◇森林でいえば、原生林的なものを求めるわけだ。◇しかしここにも、現代日本人をむしばむ「二分法」の魔手が忍び込む。「自然」か「人工」かといった・・・・・・。◇サプリメントでも、天然成分100%といわれれば信じ込む。天然で有害なものなど、山ほどあるというのに。

◇知床半島の先端や離島の一部は別にして、日本には手つかずの自然などまずない。◇だからこそ、逆に「人工」を施さなければ森林は荒れ果ててしまう。◇日本の森林行政の貧困から、ほったらかされた森がいまどうなっているかを見るだけでも、それは明らかだろう。

◇水田を、自然の象徴のように、大仰に言い立てる進歩的知識人がいる。◇とんでもない。水田づくりほど、古代における大規模な自然破壊もなかった。◇また、たとえば平城京の大寺院。あれだけのものを造営するのに、どれほどの木を切り倒したか。近間の山をはげ山にしてしまい、それでも材木が枯渇した結果、遠く近畿圏以外に材を求めたのは歴史が教えている。◇日本人は古来から自然を大切にしてきた、それなのに近現代の堕落は!そんな単純な話ではないのである。

◇名著『森と人間の文化史』(NHKブックス・1988)のなかで、森林生態学者の只木良也は、白砂青松の「松」は実のところ、人間がその地の環境を荒らしてきた結果にすぎないと言っている。◇松は他の木に比べ、やせた土地でも育ち得る力を持っている。だから、「マツの存在はわが国の自然が酷使されてきたことの指標」だと、只野は記す。◇そして皮肉なことに、アカマツで有名だった京都・嵐山は、風致地区として「保護」されるや肥沃化し、いまは広葉樹林へと一変してしまった。

◇人間が住む地の「自然と」は、白か黒か(自然か人工か)の二分法ではいかないようにできているのがおもしろい。いや、だからこそ取り組み甲斐がある。◇只野は警告する。「わが国に多い半自然に、人為を排するのみの自然保護手段は決して現状維持にはならない。そればかりか、嵐山や赤沢(木曽谷の美しいヒノキ林がアスナロ林に変化-筆者註)のようにかえって危険ですらある。それは自然保護ではなく、自然過保護というべきかも知れない」。

◇只野が投げかけるアイロニーは、日本人の二分法的自然イデオロギーを厳しく突いている。◇「自然」が最高価値で、「人工」はダメ。しかし現実には、われわれの求める「自然」とは、それこそ「半自然」そのものなのではないか。◇江戸から戦前にかけての日本人は、いまよりもずっとそのことを現実的にわきまえていた。◇箱庭もそうだし、神社につくったミニチュア・フジの富士塚もそう。そして、路地裏の植木鉢も半自然の代表格だろう。この中庸の妙味に私はひかれている。

◇また、「見立て」というしゃれた概念も、そこへとつながっている。不忍池を琵琶湖に見立て、王子・飛鳥山周辺をリッチモンドに見立てて。◇さらには、小石川後楽園や六義園も、半自然の見立てだろう。◇これらを、スケールの小さな箱庭趣味とわらう文化人には、そうさせておけばいい。われわれ日本人は、こうした愛すべき半自然を、自然として慈しんできたのだから。

◇しかし、現代の日本人は、その諧謔精神から次第にはなれていってしまった。◇近代化の必然的産物である自分たちの「都市」に対し、それを半自然として大事にするどころか、「東京砂漠」といってはバカにし、顧みなかった。◇丸ビルが倒されようが、もっとマイナーな、日本橋際にあったレンガ造りの大栄不動産ビル(旧帝国製麻ビル・東京駅の辰野金吾設計)が消されようが、誰も反対の声すらあげなかった。

◇それは、ビルなど単なる人工物で、われわれの体内にしみついた「風景としての半自然」と思っていないからであろう。◇それでいながら、思いつきのコイズミ主導で、日本橋上の首都高を、巨費を投じてでもとっぱらえ、などと言い始める。◇背後には、あの地区の「再開発」と規制緩和の思惑が渦巻いているのを隠しながら。

◇ここに、アテネフランセでも教えたという、オギュスタン・ベルク・フランス国立高等研究院教授の興味深い日本人論がある。引用してみたい(『神田川』所収・東京新聞社会部編・同出版局刊・1994年)

◇「しかし、昔から日本文化の価値観、日本人の心の拠り所は、『自然』にあり、激しく変化した現実との間にズレを生じているという点は、ぜひ指摘したい」。◇「例えば、パリに住む子供たちに、『理想的な都市河川の風景』の想像画をかかせると、建築と調和した都市の河川を描く。しかし東京の子供たちに同じテーマで描かせたら、きっと草がいっぱい生え、建物一つ見えない田舎風の川の風景を描くでしょう」。◇「『日本人は自然志向的な根強い価値観を持つから、逆に人工的な都市の景観の調和という新しい価値観を創り出すことにうとい』という逆説的なことがいえそうです」。

◇田中康夫の、自然礼讃を装った政治的「脱ダム論」にコロッと参ってしまうのも、おそらくは、こうした小さいころからの刷り込みが影響しているのであろう。◇極端な原生林的自然ではなく、われわれの日常生活を取り巻く「都市的半自然」を大切にし、いかにその領分を広めていくか、それこそがもっとも現実的な対応であろうとIFSAは思っている。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2006年11月13日 (月)

IFSAの休憩室=住んでみて分かった田舎的大都会・ヨコハマの得難い魅力(1)

◇ヨコハマを田舎都市などといえば、どうかしてるのではと思われるのがオチだろう。日本でも有数の、ピッカピカの最先端と誰もが考えているからだ。◇もとより私もそのひとりだったが、10数年前、横浜市金沢区に第2の家を持ってから、認識は一変した。◇そうはいえ、なに金沢区?横浜市の最南端で、横須賀・鎌倉・逗子の各市に接するはずれじゃないか、あそこなら無理もなかろう、ただ、これをもって横浜・田舎的大都会説を普遍化されたらヨコハマもたまらない、との声が、どこかから聞こえてきそうな気がする。

◇ところが、これはわが金沢区の特殊性ではない。港北区・緑区・青葉区・都筑区といった北部に位置する「もと金妻的な町」のことはよく知らないから、一応留保はするが(これら地域とて、おそらく本質的には田舎であろうと思料)、鶴見から金沢に至る沿岸部と、そこからちょっと入った保土ヶ谷・南・港南・栄・戸塚・泉・瀬谷区に対しては、確実にそうだと言ってしまえる巨大な田舎なのであった。◇実際に住むまでは、山下公園・関内・山手あたりの「観光地」だけしか見ていなくて、勝手にハイカラな街のイメージを刷り込んでいたものの、生活者としてdetailに目が向くや、途端に田舎の要素が浮上してきたというわけだ。

◇仕事としての外航船積み降ろしの立ち会いや、エキゾチシズムにそこはかとない期待を寄せ、出かけていっての帰り道、横浜駅西口(高島屋・相鉄ジョイナス側)の繁華街とか伊勢佐木町商店街を歩いてみて、東京にはないローカルっぽさだなと以前から何となく予感してはいたが、これもあながち当て推量でなかったことになる。◇横浜は、人口面で大阪をとっくに抜き、日本第2位の360万都市を誇っている。3位大阪に約100万人の差をつけているのだ。◇ところがどっこい、横浜は自然体としての大田舎。

◇ここで私がイメージする「田舎的大都会」の視点からすれば、札幌・京都・大阪・福岡はもちろん、「巨大なる田舎」と決まって揶揄される名古屋をも、(精神文化の面は別にして)そこに含めることはしない。◇これを何と説明したらいいか難しいが、あの100万都市江戸は「世界最大の田園都市」(川添登の不朽の名著『東京の原風景』・NHKブックス)というのとどこか近い意味で、横浜はいまだ、ハイカラ国際都市の固定概念をみずから押しのけてしまう立派な田舎なのであった。

◇何よりも、大都市にしてはかなりの自然が迫っているというか、自然と向き合わざるを得ない構造におかれている町・横浜。しかし、行政を悩ませる、この自然地理学的インフラこそは、ほとんどを東京で暮らしてきた私の心とアタマとを癒やしてくれるに十分である。◇まったくの大自然を苦手とする私にとって、都会と自然、その両者のいいところを具有する「田舎をビルトインした大都会」、これほど有り難いものはない。◇そういう意味では、神戸などもその範疇に入るかもしれない。

◇何だ、田舎というtermで横浜を否定しているのかと思ったら、IFSAは評価しているのか、真意がさっぱり分からない、と言われそうな気がする。だが、大都会と田舎の矛盾なきミックス、これがハマの魅力を支えていると、いまは明確に思っている。◇テレビがステレオタイプで言うような、最先端としてのヨコハマ。これなどは、昔からのアプリオリな約束事を、検証もなく手抜きで引きずっているだけのこと。いったいどこを見てそうなるんだと言いたくなる。◇一例を挙げよう。戦後最大の詩人のひとりである田村隆一が喝破したように、鎌倉は大変な田舎で、思うほどの文化都市ではない。まさにこれと通底するのである。

◇これからは何回かにわたり、東京在住60年弱の私が感得した横浜独特の魅を、田舎的大都会の観点から語っていこうと思う。◇水銀灯ではなく、ボワッとした蛍光灯が街路を照らす横浜(その意味では、埼玉県の町々の方がよほど進んでいる)。夕方6時になるとガラガラと雨戸を閉め、8時には門灯を切ってしまう横浜の住宅街。なぜか県道・市道からは、アスファルトを割った草が伸びまくり、それを処理もしない神奈川県と横浜市。◇日本第2の大都市が包含するメガ田舎も、こんなところに窺えるのだった。

◇農業と漁業の残滓が、いろいろな地点で顔をのぞかせ、いまだ根絶やしにはされていない。端的にいえば、横浜の魅力とはそこだろう。◇その背後では、東京では絶対に見られない地形的条件が大きく左右しているのであった。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2006年10月25日 (水)

ジャストフィットする「東京都の地図帳」が見つかった

昨日アップしたブログに、変換ミスがいくつかありました。失礼いたしました

◇街歩きが生活に組み込まれている私は、それと同じくらいに地図を愛用している。私の場合、目指すべき目的地がある時は別にして、外出は直感による路地探検が主体だから、事前に地図を見てということはほとんどない。◇帰ってから、あそことこことはこう繋がっていたのか、ずいぶん離れていると思った町が意外にも背中合わせだったんだな、あの小河川はここから流れていたのか、などを確認するため、地図を手にする。◇だが大抵はそれに留まらず、想像力をふくらませては隣へ隣へと地図を「読み」進み、子ども時代のようなワクワクタイムを楽しむことになる。

◇ただ、クルマで遠出の場合にはそうはいかない。やはり大雑把な事前調査が必要。◇道路地図としては、「ほどほどのマクロ的地図」ともいえる、昭文社のあの大ベストセラー、「マップル」が何といっても圧倒的に使いやすかった。判型が大きい分、鳥瞰がきくし、頁数も少なくてすみ、車内には好適だった。色合いがさっぱりしているのもよかった。

◇しかしカーナビ使用のいまとなっては、お蔵入り。◇ナビが苦手とする「そこそこ詳細な全貌図」は、旧日本道路公団のSAにて無料入手できる大判地図のお世話になっている。◇これがまた秀逸な出来。頻繁にバージョンアップされるし、掲載範囲が適度で見やすさも抜群。開通予定の有料道路も、点線でばっちり表示されている。おそらくこれに優るものは存在しないだろう。◇ご存知の、「東名・中央」「東北Part1・常磐」・・・と分かれているあのシリーズである。◇しかし翻って、肝心の「都市歩き用地図」はとなると、帯に短し・・・で、どうもイマイチなものばかり。半ばあきらめ、古い地図でお茶を濁してきたのが現実だった。

◇しかし、上野論の執筆準備、それに当ブログへ「週末連載・散歩の凡人」を掲載しだしてからは、そうはいかない。事実確認のため、現地へも持参可能、sらには帰ってからのチェックにも有用、こうした一石二鳥の地図帳がどうしても必要となった。◇昔から店頭に出ていた会社なのかさえ記憶にはないのだが、昨今の書店地図売り場は、昭文社版がど~んと棚を占領している。たしかにあそこの製品はこぎれいで、しかも一見要領よく作られており、その点でのパイオニア。◇私も前述のマップルばかりか、「ニューエスト・シリーズ」等々、ずいぶんとお世話になった。

◇もうだいぶ前になるが、街歩きには、昭文社の「文庫判」が画期的なように見えた。しかし、私のような「路地裏派」「帰ってから検討派」にはほとんど役立たなかった。サラリーマンが、ユーザー回りに使うにはいいのだろうが。◇「思いつき散歩」には掲載範囲も狭すぎるからと、同文庫判「首都圏」を買ったら、今度は厚すぎて超不便。だから、私の街歩き地図はここで止まっていた。

◇さて、本気で地図探しに出かける。最初に目を惹いたのは、老舗地図屋さんである人文社版『大きな字の地図Brief東京』(税込1400円)。「大きな字の地図」創始者を自認するだけあって、見やすいし、品もいい。但し、都心部(1/7000)を除くと、われわれのところなどは急に格下げとなり、1/21000にされてしまってあまりに不便。◇例えば、都市歩きなら代官山ですね、板橋や王子を歩く人などは所詮少数派でしょうといった、まだ東京の深みを知らない地方出身の若者的考えは、捨ててもらわなければならない。

◇次は昭文社。おそらく営業が強いのだろう、まさに敵なしといった感じだ。同クラス品は『街の達人コンパクト 東京多摩便利情報地図』(同1575円)。「情報地図」を謳うだけあって、施設等への配慮もきめ細かいが、色がけばけばしく、作りにも落ち着きがない。◇地図以外のジャンルでは後発ながら、JTB・実業之日本社・山と渓谷社などの前に出てダントツの感ある同社の旅行ガイドブック。そこに見られる、若者ご用達的奥行き感の乏しさは、ここにもあらわれている。◇かつて出ていた「上撰の旅」シリーズは素晴らしかったのだが。

◇そして、小さな本屋でたまたま出会ったのが、端にひっそり隠れる、東京地図出版『ビジネス東京23区』(同1260円)であった。ミリオンシリーズで知られる地味な出版社だが、私は一目見て心が躍った。◇*色をふんだんに使ってはいるが、目に刺激的とまではいかない。*1/4500のタウン拡大図、1/8000と1/16000の市街図、1/100000の広域図、それらのグラデーションというか、使い分けが、人間の生理にかなっていてバッチリ。*大きさは昭文社製と同様、鞄にも楽に入るA5(148×210mm)。*そして何より、古典的な「東京23区・区分地図」が入っていること。◇この意義は、使ってみてはじめて分かる。オレは行政区分に従って歩くわけではない、といった理屈を超えて。*それに、インデックス等の付録も便利。

◇ほぼ理想的な地図に出会えた喜びは大きい。買って帰るや、私の知っている建物・小公園・裏路地などがどんな形で出ているか、それとも無視されているか、時間を忘れてそれらをチェックした。◇以来2週間、家でも街でも手放せない伴侶となっている。◇表紙に刷り込まれたキャッチコピー、「これ一冊でOK!大文字タイプ」。決しておおぼらではなかった。◇あとは、どれだけ小まめに改訂してくれるかにかかっている。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2006年9月28日 (木)

竹橋の名建築・パレスサイドビルとその前身・リーダイビル

◇一昨日(2006.09.26)の毎日新聞・朝刊コラム「発信箱」は、「名建築が消えた跡に」と題し、冠木雅夫記者が、毎日新聞東京本社ビル(パレスサイドビル)の建築経緯と、それ以前、そこに存在していたリーダーズ・ダイジェスト東京支社ビルのことを書いている。◇パレスサイドの竣工は1966年だが、それはたった十数年前にできたばかりのリーダイビル(冠木によれば、「『戦後初のモダニズム建築』とたたえられた名建築」)を跡形もなく壊してのことという。◇私はこのビルはもちろん、判型がたしかNHKブックスほどだったと記憶する雑誌・リーダイの中身についてもほとんど知らない。ただ、国会図書館の資料には、1950年8月号ではリーダイが1位、2位が主婦の友、3位が文藝春秋とあって、びっくりさせられる。

◇リーダイビルの話はどこかで聞いたことがあると思い、自家製のアナログ・データバンクを繰っていたら、日本経済新聞・朝刊連載の、建築家・隈研吾による「東京のビルディング十選」、何とその4番目にリーダイビルがノミネートされているのに出会った。◇隈は書く。「一九五〇年代の日本は、軽やかで透明感のあるモダニズム建築の時代であった」「そのフィフティーズ・モダンの代表作が、かつて皇居のお濠(ほり)ばたにたっていた、この外資系企業のオフィスビルである」(2003.07.08・日経朝刊)。◇なるほど、写真に見る限り、瀟洒な建物だ(1951年竣工)。私などは大した根拠もなく、神奈川県立図書館(1954年竣工・前川國男)の爽やかさと連動させてしまう。◇経済白書が「もはや『戦後』ではない」と高らかに謳ったのが1956年7月だから、これらの建築は、前向きでいながらどこか謙虚な、あのよき時代の投影だったのだろうと思う。

◇リーダイビルを壊した後にできたのが、東西200メートル、そして両端に高さ50メートルの円柱をもつパレスサイドビルだ。私にはこのビルは、フィルムのパトローネを若干ずらして2本立て、そこからお互いに向かってフィルムを目一杯引き出し、先端で接合した感じの建物に見える。◇なおこのパトローネ状の筒は、冠木によれば「(設計者の)林氏が直前に手がけた銀座・三愛ビルがヒントらしい」とのこと。そういえばそっくりの美しさともいえる。

◇パレスサイドは、大好きなビルのひとつだ。大きな窓、というより、皇居の緑・石垣・お堀を借景にする全面窓、建物と天井のほどよい低さ、雨樋をアクセントとした巧みな飾り付け、そして存在を主張しながら控え目で、目立っていながら風景に溶け込む絶妙な風合い。たまたま隣にたつ、かつて住友商事が入っていた「現行高層ビルの原型」のような無粋なものとは好対照を見せている。◇中身に目を移せば、何といっても短距離走ができそうな幅広の直線廊下が爽快。大手町ビルなどと同様、高層化以前のビルの清々しさはまずそこにある。◇そして内装と色づかいのユニークさ。たとえば、地下に向かって降りていく階段の仕立てがおもしろい。

◇あとは会社を抜け出し、または週末にでも、是非歩いていただきたい。帰りにはお堀に沿って九段会館方面へ出るのもいいだろう。◇その際、是非とも見てほしいのがパレスサイドの裏を流れる日本橋川。何だ、どぶ川かと唾棄せず凝視すれば、江戸時代以降、この川(もとは日比谷方面へ流れていた自然河川の平川を、強制的に茅場町方面へ付け替えたもの)の有効利用に試行錯誤を重ね、都市形成を怠らなかった人々の知恵が見えてくるはずだ。

★★[IFSA]★★阿部道生

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