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2007年1月31日 (水)

日本人に根強い漠然とした「自然信仰」-そのイデオロギーが随所で障害となっている

◇日本人は「自然」というコトバが大好き。そこに含意されるのは、それこそ「まっさらな自然」であり、少しでも人手の入ったものは、イメージから排斥される。◇森林でいえば、原生林的なものを求めるわけだ。◇しかしここにも、現代日本人をむしばむ「二分法」の魔手が忍び込む。「自然」か「人工」かといった・・・・・・。◇サプリメントでも、天然成分100%といわれれば信じ込む。天然で有害なものなど、山ほどあるというのに。

◇知床半島の先端や離島の一部は別にして、日本には手つかずの自然などまずない。◇だからこそ、逆に「人工」を施さなければ森林は荒れ果ててしまう。◇日本の森林行政の貧困から、ほったらかされた森がいまどうなっているかを見るだけでも、それは明らかだろう。

◇水田を、自然の象徴のように、大仰に言い立てる進歩的知識人がいる。◇とんでもない。水田づくりほど、古代における大規模な自然破壊もなかった。◇また、たとえば平城京の大寺院。あれだけのものを造営するのに、どれほどの木を切り倒したか。近間の山をはげ山にしてしまい、それでも材木が枯渇した結果、遠く近畿圏以外に材を求めたのは歴史が教えている。◇日本人は古来から自然を大切にしてきた、それなのに近現代の堕落は!そんな単純な話ではないのである。

◇名著『森と人間の文化史』(NHKブックス・1988)のなかで、森林生態学者の只木良也は、白砂青松の「松」は実のところ、人間がその地の環境を荒らしてきた結果にすぎないと言っている。◇松は他の木に比べ、やせた土地でも育ち得る力を持っている。だから、「マツの存在はわが国の自然が酷使されてきたことの指標」だと、只野は記す。◇そして皮肉なことに、アカマツで有名だった京都・嵐山は、風致地区として「保護」されるや肥沃化し、いまは広葉樹林へと一変してしまった。

◇人間が住む地の「自然と」は、白か黒か(自然か人工か)の二分法ではいかないようにできているのがおもしろい。いや、だからこそ取り組み甲斐がある。◇只野は警告する。「わが国に多い半自然に、人為を排するのみの自然保護手段は決して現状維持にはならない。そればかりか、嵐山や赤沢(木曽谷の美しいヒノキ林がアスナロ林に変化-筆者註)のようにかえって危険ですらある。それは自然保護ではなく、自然過保護というべきかも知れない」。

◇只野が投げかけるアイロニーは、日本人の二分法的自然イデオロギーを厳しく突いている。◇「自然」が最高価値で、「人工」はダメ。しかし現実には、われわれの求める「自然」とは、それこそ「半自然」そのものなのではないか。◇江戸から戦前にかけての日本人は、いまよりもずっとそのことを現実的にわきまえていた。◇箱庭もそうだし、神社につくったミニチュア・フジの富士塚もそう。そして、路地裏の植木鉢も半自然の代表格だろう。この中庸の妙味に私はひかれている。

◇また、「見立て」というしゃれた概念も、そこへとつながっている。不忍池を琵琶湖に見立て、王子・飛鳥山周辺をリッチモンドに見立てて。◇さらには、小石川後楽園や六義園も、半自然の見立てだろう。◇これらを、スケールの小さな箱庭趣味とわらう文化人には、そうさせておけばいい。われわれ日本人は、こうした愛すべき半自然を、自然として慈しんできたのだから。

◇しかし、現代の日本人は、その諧謔精神から次第にはなれていってしまった。◇近代化の必然的産物である自分たちの「都市」に対し、それを半自然として大事にするどころか、「東京砂漠」といってはバカにし、顧みなかった。◇丸ビルが倒されようが、もっとマイナーな、日本橋際にあったレンガ造りの大栄不動産ビル(旧帝国製麻ビル・東京駅の辰野金吾設計)が消されようが、誰も反対の声すらあげなかった。

◇それは、ビルなど単なる人工物で、われわれの体内にしみついた「風景としての半自然」と思っていないからであろう。◇それでいながら、思いつきのコイズミ主導で、日本橋上の首都高を、巨費を投じてでもとっぱらえ、などと言い始める。◇背後には、あの地区の「再開発」と規制緩和の思惑が渦巻いているのを隠しながら。

◇ここに、アテネフランセでも教えたという、オギュスタン・ベルク・フランス国立高等研究院教授の興味深い日本人論がある。引用してみたい(『神田川』所収・東京新聞社会部編・同出版局刊・1994年)

◇「しかし、昔から日本文化の価値観、日本人の心の拠り所は、『自然』にあり、激しく変化した現実との間にズレを生じているという点は、ぜひ指摘したい」。◇「例えば、パリに住む子供たちに、『理想的な都市河川の風景』の想像画をかかせると、建築と調和した都市の河川を描く。しかし東京の子供たちに同じテーマで描かせたら、きっと草がいっぱい生え、建物一つ見えない田舎風の川の風景を描くでしょう」。◇「『日本人は自然志向的な根強い価値観を持つから、逆に人工的な都市の景観の調和という新しい価値観を創り出すことにうとい』という逆説的なことがいえそうです」。

◇田中康夫の、自然礼讃を装った政治的「脱ダム論」にコロッと参ってしまうのも、おそらくは、こうした小さいころからの刷り込みが影響しているのであろう。◇極端な原生林的自然ではなく、われわれの日常生活を取り巻く「都市的半自然」を大切にし、いかにその領分を広めていくか、それこそがもっとも現実的な対応であろうとIFSAは思っている。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月29日 (月)

真の「教養」とは、生活に合理を導入し、イデオロギーを排斥する行動ではないのか

◇IFSAよ、またまた堅い話か。いや、早まるのは待っていただきたい。私の好きな、「路地裏(露地裏)評論家」的日常生活面の瑣事(さじ)、それに触れたいだけなのだから。◇ここでいう「教養」とは、生活感に裏打ちされた善悪判断の力、「イデオロギー」とは、ある一定の社会的思惑から、知らないうちに身につけさせられ、それを自家薬籠中のものとしてしまった固着概念(固定観念)、というだけのことにすぎない。

◇クササの象徴としての「教養」だからそんなものは不要。大学の教養部も平気で撤廃。◇左翼思想の権化としての「イデオロギー」だからわれわれには無関係。◇用語法へのそんな誤った理解からはもっとも遠いところで、IFSAは語りたいと思っている。

◇世評高き広辞苑(岩波書店)よりもずっと信頼がおけ、的確な表現をする大辞林(三省堂)の権威を念のため借りれば、以下のようになる(CD-ROM版『スーパー大辞林』より)。◇教養=「社会人として必要な広い文化的な知識。また、それによって養われた品位」。◇イデオロギー=「社会集団や社会的立場(国家・階級・党派・性別など)において思想・行動や生活の仕方を根底的に制約している観念・信条の体系。歴史的・社会的立場を反映した思想・意識の体系。観念形態」。

◇概念や装置へのゴタクはこれくらいにし、いきなり本題の生活的事象へと入ろう。

「給食費22億円滞納 小中学校9万9000人『親の規範欠如』 文科省 全国調査」(毎日新聞朝刊・2006.01.25)。◇「滞納者総数は全体の1%にあたる」という。◇この問題を理念型的に切り分ければ、「格差社会の進行で本当に払えなくなった家庭」と、「払えるのにシカトするいい加減な家庭」となるが、前者であれば、そんな悲劇的社会を招いた行政の責任、後者であっても、それを放置し、全員ただちに差し押さえようとしない行政の責任であるのは明らか。

◇だが、今日のテーマからすれば、問題なのは払えるのに払わない親たちだ。◇テレビで見たところでは、「義務教育なのだから払う必要はない」「あんなまずい給食には払えない」「給食を出してくれとは頼んでいない」。◇最近の若い連中の通例として、屁理屈にもならない理屈まがいだけは立派で、対象となる子に給食を出さぬわけにはいかぬはずという事情を人質にとった小賢しさ、卑しさをもあわせもつ。

◇この親たち、おそらくは学校時代も、教師に対してのこの程度の抗弁をなし、それすら打ち砕けない教育サイドを尻目に、高をくくった処世術を営々と身につけてきたのだろう。◇彼らは上記の意味で無教養であるのはもちろん、擬似民主社会のイデオロギーだけはしっかりと身につけ、それを反転、武器として使用している。

◇加えて、月約4000円前後の給食費を払えないかどうかの「ボーダーラインの家庭」。◇それを想定するとして、はたしてこの親は、携帯電話に多額の通信費を払ったり、パチンコに興じたり、クルマを最低限の生活ツール以上のものにしたりしていないか、きっちりと検証する必要がある。

◇話はかわり、へっちゃらの交通違反。◇通学時間帯だけ通行禁止の道はどこにもあるが、完全無視でクルマがビューンビューン。◇テレビのリポーターが追いかければ、ここを走らざるを得ない貧困な道路行政をなじったり、警察でもないのにオマエに告発する権利があるのか、と迫る始末。◇ここでもまた、あの戦後イデオロギーが見事に作用しているから恐れ入る。

◇マスメディアは、こんな人間には空疎でしかない「モラル」を連発してアリバイ証明をなし、怒りのない警察は、騒がれたときにだけ乗り出す。◇警察にも成果主義があるのなら、60km制限を75kmでつかまえたりせず、通行禁止への確信的犯罪を摘発することでがっぽりともうけてくれればいい。

◇駅前の駐輪違反もそう。自治体は、自転車引取料を腰の引けた4000円程度に設定するのではなく、2万円などの法外な金額にして、人海戦術で自転車を持ち去ればいい。◇「駐輪場が少ないから駐めざるを得ない」「弱い庶民をいじめるのか」などのイデオロギー(マスコミは、これを便宜的に使い分けるのが得意)に裏打ちされた屁理屈におびえる行政では、最初から勝負あったも同然だろう。

◇それから、仰々しく始まったあの駐車監視員制度。私の住む板橋区や横浜市金沢区が田舎だからなのか、彼らにはめったにお目にかかれないし、効果もさっぱり上がっていない。

◇だが、この余波で駐車場が満員かといえば、そうでもない。警戒したであろうファミレスなどが、設備投資をしてコインパーク方式に転ずれば、逆にガラガラに。◇以前、まずは空きのなかった秋葉原周辺のパーキング・メーターは、新制度になってからのほうが断然駐めやすくなった。◇いずれも、いかにタダのシカト駐車が多かったかを、それは証明している。◇あのクルマは電車に転換?それとも、また知恵でどこかへ?

◇ファミレスの場合など、ひとたび注意をすれば、「客を何と思っている」「これから入るつもりだったのにどうしてくれる」「本社へ言うぞ」など、「お客様は神様イデオロギー」からくる屁理屈が怖くて、店長以下、知らぬ顔を決め込むしかなかったはず。

◇「教養」「イデオロギー」ときて、こんな程度の話かと言われそう。◇だが、これらと生活事象とのリンクこそがもっとも大事だとIFSAは考えている。◇それがもう少し高度化したのが、コイズミ現象や昨今の教育問題。◇だが、円環構造の基底部には、この程度の話が厳然と横たわっている。だからこそ重要なのだ。

◇IFSAは、この「教養」と「イデオロギー」の問題を、今後も具体的な形で取り上げていきたいと思う。◇今日はとりあえずその第一弾というとことで。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月28日 (日)

IFSA・週末連載「散歩の凡人=変哲なき埼玉県毛呂山町周辺。だが時々行きたくなる」

◇埼玉県毛呂山(もろやま)町といっても、知る人はほとんどないであろう。◇「散歩の凡人」も、出会いは1980年。それも、毛呂山町に本部を置く埼玉医大への入院というのがきっかけだった。◇その毛呂山町は、いまや埼玉医大の企業城下町といってもいいほどで、山裾から上に向かい、病院施設がぐんぐんとのびている。

◇若いころから原因不明のめまいに悩まされた私は、どの病院へ行っても一向に改善が見られず、ひどいところになると、「目まいがしたときに来い(5分くらいで収まってしまうのに)」、「神経質すぎるからそうなるのだ」。◇ヤブ医者を棚に上げての発言に、いいかげん参っていたところ、名古屋の大先生より、埼玉医大に名医がいるから行ってみろとのご指示。◇当時、助教授だった専門医のところへ飛んでいった。

◇すぐに2週間の入院。その先生は原因をきちんと突き止め、氏開発の治療法で対処。その後、数年は通院をしたが、おかげさまで現在はまったくめまいナシで過ごさせてもらっている。◇まあそれはさておき、この時点から毛呂山町周辺との付き合いが始まった。

◇自宅の板橋からは、東武東上線で坂戸へ。そこで越生(おごせ)線という単線に乗り換え、東毛呂駅で降りる。◇JR八高線であれば毛呂駅。このほうが、町の中心部には近い。◇今日は横浜の家でブログを書いていて、埼玉県の地名辞典を持ってきていないから調べようがないが、この「毛呂山」「越生」、そして南を流れる「高麗(こま)川」、「越辺(おっぺ)川」、何となく日本ばなれした語感・音感と思われないだろうか。

◇正丸峠から現在の日高市にわたる「高麗」の地名が、当時の先進国、朝鮮半島からの帰化人居住に由来するのは有名だが、越辺川を「おっぺがわ」と読ませるなどは、北海道にあるアイヌ語の地名と縁があるのではと、素人の私には思えてならない。◇毛呂山での入院時、私を惹きつけたのは、これら地名のひびきと、町の西部に控える手ごろな高さの奥武蔵の山々、そして時折たなびく霞であった。◇さらには、近間への外出を許されて出会った、JR毛呂駅前の桜。古びた駅舎とそれはよく調和していた。

◇めまいの症状が劇的に改善し、月1度の診察にクルマで通えるようになってからは、帰りに周辺の散策を試みた。◇まずは、大学病院のある毛呂本郷の交差点から、県道をほんのちょっと越生よりへ進んだところにある「ぜいたくめん」。◇ここのカレーうどん(もちろん、手打ち)ほどおいしいものはないと、いまだに思っている。私の定番は、カレーうどんと半ライス。◇2年ほど前だったか、たまたま近くを通り、10年ぶりくらいに妻と入ったら、店の奥さんから、「いつもカレーうどんでしたね」と言われ、どきっとした。

◇この店の角を左に曲がれば、渋い造り酒屋もある。◇そして、毛呂山はゆずの里。町中の小山の上にある由緒正しき「出雲伊波比(いわい)神社と、900年以上の伝統を誇る流鏑馬も見逃せない。◇武者小路実篤の「新しき村」が、いまもってこの地で現役なのも驚きだ。◇われわれの若い時代、なぜかピクニック等で知られた鎌北湖も、この毛呂山町。大昔の灌漑人造湖だが、いまは風格が漂う。

◇クルマなら、鎌北湖の裏山を上り、尾根づたいに走って越生へ抜ける秘密の道がかなりいい。◇カーナビにも表示されるはずで、多少不安にはなるものの、価値はある。◇越生では、梅林と黒山三滝。◇ここから再度山に入り、顔振(こうぶり)峠近くを通って国道299号線(高麗本郷-正丸峠-秩父)へ出るのも楽しい。◇逆に、越生から北へ向かえば、和紙と日本酒と忠七めし(割烹旅館・二葉)の小川町、さらには荒川を渡り、駅前のソースカツ丼が最高の寄居町へと続く。

◇時間があれば秩父方面へ、なければ花園ICから関越道にて帰宅となろう。◇スローライフというコトバはくさくで嫌いだが、団塊世代の夫婦、こんな山里をゆっくり走れば、口喧嘩も減ってくること請け合い。◇「濃い観光地」に飽きた方へ、このメーン・イベントなきドライブをおすすめします。

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月26日 (金)

前三重県知事・北川正恭は、RDF事故+フェロシルト問題に正面からこたえる必要がある

◇一時はあれだけ持ち上げられた、前三重県知事の北川正恭。再選への出馬をやめ、まさに予定の行動といわんばかりに、早大大学院教授へと転身を遂げて以後、マスコミ登場はテレビでのコメンテーターと、選挙時のマニフェストお説教くらい。◇しかし、地方では大もてのようで、講演などをしているらしい。そして、一部の人間には、いまだ隠然たる力を保持しているとのこと。

◇たとえば、「『走り回るより、マニフェスト(選挙公約)の言葉を徹底的に考えろ』 昨年11月26日夜、名古屋のホテル。1000円の割り子弁当をつつきながら、『改革派知事』の先駆けといわれた元三重県知事、北川正恭早稲田大教授は、愛知県知事選に立候補する石田芳弘前犬山市長(61)=民主・社民・国民新推薦=に知恵を授けた」。(「ザ・知事(中)リーダー像」・Chunichi Web Press・07.01.16)。◇ここでもウリは、「な~んちゃって・マニフェスト」オンリーのようだ。

◇IFSAは北川を継続して「研究」していこうと思っており、当ブログでもすでに何回か取り上げてきた。直近のものでは、「前三重県知事・北川正恭センセイ唯一のウリ『マニフェスト』の空疎と、空気のような民主党」(2006.12.30)がある。◇いずれ三重県まで何度か出張してとは考えているが、いまは「上野公園論」執筆をかかえているため、脱稿後まではおあずけとするしかない。◇その間は、地方版からの情報収集に依存。結果は、メモとして逐次掲載するとしたい。

◇まずは、マイナーかつ重要な記事から。◇KYODO NEWS(06.12.15)、「『予見困難』と不起訴処分 RDF爆発事故で津地検」と題し、「三重県桑名市の三重ごみ固形燃料(RDF)発電所で2003年8月、燃料貯蔵槽が2度にわたって爆発し、消防士ら7人が死傷した事故で、津地検は15日、業務上過失致死傷容疑で書類送検された県企業庁幹部ら15人全員を嫌疑不十分などで不起訴処分にした」と伝えている。◇県幹部・メーカー・消防本部幹部全員を不起訴という津地検のひどさは論外として、この悲惨な事件の原因をなした当局の最高責任者が北川であったことだけは間違いがない。

◇家庭と事業所のゴミをサイジング・乾燥・圧縮させ、発電用燃料に使おうという夢の構想がRDF発電。◇軽率にもそこに北川が飛びつき、惨事を招いたわけだが、事故の起きる3年半も前、別処珠樹がそれを取り巻く重要な問題点を指摘していた。◇「ごみ固形燃料はどこへ?-RDFの問題点と本質-」(日本消費者連盟『消費者レポート』(00.01.17号)がそれだが、いま読んでも大変示唆に富む文章である。北川はそれらをひとつずつつぶすことなく、ひたすら突っ走ったことになる。◇「環境先進県」と「改革派知事」という、二大看板のために

◇そして現在、このRDF発電所では、RDF処理料の値上げがなければ、2016年までに42億円もの累損が見込まれるとのこと。◇県は、市町村に対し、処理料の大幅値上げ(倍以上)を申し入れているが、当然ながら大きな抵抗があり、段階的値上げで妥協を図らざるをえないのが実情。

◇そしてもうひとつの「環境」は、何度も述べているように、例のフェロシルト。◇簡単に言えば、石原産業が、自社の有害産業廃棄物をリサイクル品(土壌埋め戻し用)として化けさせ、約70万トンも販売したというもの。◇これだけなら、四日市公害・四日市港廃液垂れ流しで前科のある札付き企業の問題にとどまるが、北川主導の三重県が「リサイクル製品利用推進条例」のもと、この有害フェロシルトを「推奨リサイクル製品」として認定したこと、このお墨付きが、他県へも被害を拡大させたのだった。

◇ここまでくると、さすがにおとなしいマスコミも、次のように言うしかない。
◇「『改革派』が残した負の遺産も表面化。北川氏の肝いりで建設されたごみ固形燃料(RDF)発電所は03年に爆発。実は産廃だった土壌埋め戻し材・フェロシルトをリサイクル製品と認定する条例は、北川県政のシンボルの一つだった(前出・Chunichi Web Press)
◇「ゴミも『リサイクル』という錦の御旗さえあれば、有用物に生まれ変わったようにみえる。理念としては素晴らしい『リサイクル』にも、落とし穴があることを事件は浮き彫りにした」(「取材メモから 06回顧(1)フェロシルト不法投棄」・asahi.com・三重版・06.12.19)
◇「フェロシルト不法投棄事件も含め、『リサイクル推進県』を唱えた北川県政時代の環境政策は、負の遺産となったものが目立つ。このような政策を不完全な認識のままに進めた当時の為政者に対する責任は、結局、問われないままだった」(「同上 06回顧(10)RDF事故不起訴」・asahi.com・三重版・06.12.29)

◇北川は、論文もしくは著書の形で、このふたつの重大問題(RDF発電所爆発+フェロシルト認証)の根源に真正面からこたえる必要がある。◇それすらできずして、何がマニフェストか。「成功体験」をふりかざし、各地で訓示など垂れている場合ではないはずだ。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月24日 (水)

IFSAの休憩室=私の古本購入法(ネット社会ほどありがたいものはない)

◇学生時代とサラリーマン時代、都内と近郊の古本屋をよく歩いた。◇そして地方都市へ出張すれば、まず探求するのは古書店とジャズ喫茶と路地。◇知らない本に出会うハプニングを楽しむこともあれば、執筆上必要な本を懸命に探すときもあった。◇だが企業を退職して自由業となり、家(恰好をつければSOHO)での仕事が中心になれば、毎日のように都心へ出るわけにもいかない。あまりにロスが多いからだ。

◇そんななか、急速に発展してきたネット社会。古本に関するかぎり、ちまたで騒がれるような負の側面は皆無に近く(もちろん、利用の仕方による)、私にとってはいまのところ100%プラスといったあんばい。◇しいて言えば、しょっちゅう古本屋街を歩かなくなった健康問題、それに、これはという本にばったり出会えたときのトキメキ感と「目で見る力」の喪失、さらには古本屋の生活臭に接しられなくなったことくらいだろうか。

◇もとより私は古書マニアではなく、実際に「読んで使う」ためにしか本を買わないから、初版だなんだは関係がない。書き込みがなく、清潔に読めればそれでいい。◇そこで、ここ2年ほどの古書購入をソース別順位でみれば、<Amazon内のマーケットプレイス(ユーズド本)=以下、Amazonという>→<日本の古本屋>→<ブックオフ>となろうか。

◇以前、当通信で書いた(=「私にとってのブックオフ」・2006.07.02)ように、ブックオフの105円本には大変お世話になっているので、いずれ批判のためのサイド資料として使うだろうとストックしているバカ本(たとえば、田原総一朗や田中眞紀子や竹中平蔵もののたぐい)も含めれば、冊数的には圧倒的にブックオフが首位を確保するはずだが、マジなベースでは以上のランキングとなる。

◇そしてさらにネットで助かるのが、文献データとしての活用法。◇本を読んでいると、まずは必ずといっていいほど、引用文献や参考文献が出てくる。それも、おそらくは絶版であろうというような、かなり古い本が。◇するとすぐに、Amazonの新古コーナーへアクセス。当時の定価・ページ数、そしてうまくいけば、読者のコメントまで目にすることができる。◇そのうえで、少しでも買いたい気が起きると、「日本の古本屋」にもジャンプ。

◇この両者をつきあわせれば、だいたいの価格トレンドは分かろうというもの。◇あとは購入者の好み次第だ。◇傾向的には、「日本の古本屋」のほうが高い場合が多いが、それは本によりけりで、一概には言えない。◇Amazonは、「本体価格+管理費一律340円」なのが分かりやすくていい。もちろん、クレジットカードでの引き落とし。

「日本の古本屋」は、注文をするとかならず先方からメールがきて、それへ確認メールを送れば契約成立。◇高い本以外は後払いの店が多い。だが、いくらであれ入金確認後というところもある。◇通常は、「本体価格+冊子小包代(300円前後)+郵便振替代(ATM利用なら60円)」。

◇ただ、Amazonではときどき、マジな本で1冊数10円ということがある。これでどうして商売になるのか、私には理解できないものの、事実、きれいで立派な本を(この価格で)何度も購入していて、いまのところ失敗はない。◇先日、伊勢佐木町の古書店でばったり出会って購入した長谷章久『東京歴史物語』(角川選書・1985年)が相当タメになったため、同じ著者がそれ以前に出したという『東京の中の江戸』(角川選書・1980年)を検索してみたら、Amazonにばっちり存在。

◇しかも、本体価格250円なのだ。管理費とあわせても590円。◇昨日届いて開封したら、経年変化を別にすれば、27年前の本とは思えないきれいさ。思わずお礼のメールを打ちたくなるほどうれしくなった。◇また、これはフライングかどうかは知らないが、先日など、「日本の古本屋」で見つけた本が、たまたま隣接練馬区の本屋さんのものだったため、クルマを15分ほど飛ばして買いに行ってきた。◇その古書店でほかの本に出会うこともできるし、知らない町の商店街も散策できるし。いうことはない。

◇しかし世の中、一本調子ではつまらない。◇先週末、よく行く金沢文庫の古本屋へ入ったところ、中央公論社が創業100周年記念に出したという『日本の古代』(全15巻+別巻1・1985年より配本)が、何と3600円で揃っている。月報までしっかりついて。◇最近、江戸・、明治を勉強していて、日本人とか天皇制などの根源を知るにはやはり古代だなと直観していたから、これはとすぐに購入した。◇クルマでなければ運べない重さだった。

◇とはいえ、キロあたり単価が安いからほれたのではなく、「監修=貝塚茂樹・江上波夫・司馬遼太郎」、「編集=岸俊男・森浩一・大林太良」の、一家言ある陣容に惹かれたからだ。ただ、どこかクサイ、あの高名な司馬遼太郎だけは除き。◇家に帰ってから、貧乏性でネットを見れば、バラ1冊でも1000円くらい、揃いでは8000円~15000円くらいだったと記憶する。

◇こういう本は、ネットにて目的意識的に検索していたのではまず出会えない。◇やはり基本は「散歩の凡人」。すべては歩きからだと思い返した。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月22日 (月)

納豆の買いあさりと「あるある大事典」の大ウソ=日本のイマを映し出す象徴的な出来事

◇実は週明けの本日、「IFSA注目のマイナーな記事」として、例の納豆への殺到問題をアップするつもりでいた。◇というのも、私は心筋梗塞の食事療法により、1単位=80kcalの便利な物差しを使いつつ、カロリー計算につとめている身だから、植物性蛋白の納豆は週に何回かはお世話になる製品。◇ところが今月11日、練馬区平和台のスーパー、ライフへ行ってびっくり。大きな食品ケースには、端のほうに申し訳程度の納豆パックがあるだけだったからだ。

◇その時点でまだ事情を知らない私は、何だか売れ残った商品を買うようでいやだからと、いつものマンション内スーパーへ。◇ここで二度びっくり。見事なまでに、納豆はひとつもなかった。その意味では、ライフは切らしていなかった分だけエライことになる。◇おかげでその日の昼食は、1単位分の蛋白を他食品へ求めることとなった。◇そして家に帰って知ったのが、以下の記事。そういう事情か、となった◇タイトルと注目点だけを示せば、こうなる。

★★今度は納豆品切れ 「ダイエット効果」TVで紹介
Chunichi Web Press(07.01.11)

◇「七日夜、フジテレビ系列で放映された情報番組が、納豆二パックを二週間食べ続けてダイエットに成功した男女の事例を紹介。翌日から各地のスーパーなどでは若い女性を中心に納豆の売り上げが急増し、品薄、品切れ状態になった」。◇「こうした騒動について群馬大の高橋久仁子教授(栄養学)は『これまでもココアや寒天がダイエットに効くという情報に消費者が振り回され、品薄状態になったが、一つの食品を極端に摂取すると、栄養のバランスに問題がある。このような方法で仮にダイエットに成功しても、体重を維持し続けるのは困難』と忠告する」。

★★「あるある~」で納豆「ないない」おわび広告掲載
ZAKZAK(07.01.11)

◇「7日放送分で、納豆に含まれるイソフラボンが体内の特定のホルモンを増やし、ダイエット効果を生むとする説を紹介したところ、直後から納豆を買い求める若い女性らが店に殺到。あっという間に店頭から姿を消した」。◇「イソフラボンは骨粗しょう症などの予防が期待される一方、過剰摂取による発がんの危険性も指摘されているのでご注意を…」。

★★空前納豆ブーム“2パックでやせる!”のアホらしさ
-TVもTVだが、信じる方も信じる方 医学的信頼性には疑問符-
日刊ゲンダイ・有料電子版・07.01.17配信

◇「それにしても、TVを妄信し、納豆売り場に突進する日本人はどうかしているんじゃないか。心理学博士の鈴木丈織氏は『日本人特有の群集心理です』とこう言う。『狭い日本の社会では、古くから共通の話題や同じ悩みを持つことで共感を得る”同一化意識”があります。他人と同じ行動をとれば疎外されることがないし、安心感が得られるというわけです(後略)』」。

◇日本人って、どうしてこうも信じやすく無防備なのだろう。この時点では、納豆騒動をベースに、「日本人論シリーズ」を展開するつもりでいた。◇そういえば、紅茶キノコなんていうのもあった。本当に有効なら、いまもって飲んでいる人がいなければおかしい。◇しかしそんなことより、私がもっとも気にするのは、「有効」どころか、それがもたらす「有害」のほうのこと。

◇今回の納豆など、それ自体には食品としての害がないのはもちろん、1カ月もやればダイエット効果のないことは誰でも分かるだろうから、この騒ぎは自然消滅でオワリとなるが、怪しげなサプリメントなどを平気で飲み続けるとどうなるか。◇問題は「無効」よりも「有害」。これについては、あらためて論ずるとしよう。

◇納豆騒動論をまとめかけた時点で飛び込んできたのが、20日一斉報道の「関西テレビ」(東京ではフジテレビが放映。私はあまりみていない)による、「発掘!あるある大事典Ⅱ」納豆篇の、データねつ造・インチキでたらめ。◇詳しくは、諸報道ならびに、関西テレビHP内、「2007年1月20日 視聴者の皆様へ 関西テレビ放送」見ていただくとして、新聞にはこんなリアクションが報じられている。◇おそらくワイドショーは、この手の「被害者」を取り上げ、「善良なる市民」をだましてなど、義憤を装うのだろう。

★★番組ねつ造:「あるある」に消費者から怒り
Mainichi  INTERACTIVE(07.01.20)

◇「東京都江東区の大手スーパーで買い物していた団体職員の女性(41)は番組のねつ造を知り『今日も買いに来たんです。信じていたのに』と絶句した。以前は月に数回食べる程度だったが、番組で『1日2パックを毎日食べ続けて』と聞き、その通りにしていた『でも体重が減らないからおかしいと思っていた』」。◇午後6時半ごろ納豆が完売した横浜市中区のスーパーで、最後の5パックをまとめ買いした同市磯子区の会社役員の男性(65)。放送を見た妻と娘が『毎日2パック食べなければいけない』と言い出し、会社帰りに毎日買いに行かされた。『いい迷惑。テレビ局はいいかげんにしてほしい』。怒りは収まらない」。

◇「絶句」し、「いいかげんにしてほしい」と思うのは、こちらのほうだ。◇TBS「白インゲンダイエット」被害者続出騒動も、つい半年少々前(06.05)のことだったというのに。◇この国民的な疑いのなさと非論理性。そして、しっかり前例に学ぶという学習能力の欠如。◇オタクのダンナが交通事故を起こした、公的機関だが、表沙汰にならないようカネを払い込めと言われ、お年寄りでもないのに軽くやられる資質と、それはどこかで通底している。

◇そしてもっといえば、コイズミによるカイカク絶叫に、何の理路もなくコロコロと心情的に惹かれていく、えも言われぬ日本的共同幻想というか、集合表象。◇このIFSAの説を、こじつけと見なし、政治ジャンルだからと別格に扱うようでは、大甘といえる。

◇賢明にもそのことを熟知していた飯島秘書官はじめ、小泉ブレーンたちは、だからこそ、歴代内閣とは違ってテレビを最重要視した。その次はスポーツ紙・週刊誌・女性誌・マンガ雑誌で、ほとんど大衆的訴求力を失っている新聞などは、三の次くらいの扱いとしたのだった。

◇外国から連れてきた霊感師に、凶悪犯罪の謎解きをマジ顔でさせるテレビの世界=今回の納豆騒動=小泉劇場。◇これを、通底どころか円環構造をなす同質体とでもいえば、またまた反感を買うことになるのだろうか。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月21日 (日)

IFSA・週末連載「散歩の凡人=三浦半島に大きな前方後円墳が2基もあったとは」

◇横浜市の南のはずれにある金沢区は、その南部で、横須賀市・逗子市・鎌倉市に接している。◇ここに第2の家を持って10数年になるが、この金沢の地は横浜とはいえ、あのハイカラな中心部のイメージとはほど遠く、風土的にはこれら3市の仲間、すなわち「海と山の三浦半島の町」であると実感している。◇家から鎌倉までは、クルマで20分。距離的にも驚くほど近い。

◇週末、時間ができたから気分転換に近間のどこかへと考えても、表面的なところ(有名なところ)は行き尽くしてしまってもうネタ切れ。◇そんななか、るるぶの『京急沿線』(JTBパブリッシング)をパラパラと見ていたら、逗子線・新逗子駅のトップ項目に、「蘆花記念公園・郷土資料館」の解説が、すてきな写真とともに。◇「おおこれだ」となり、電話で尋ねれば、クルマもとめさせてくれるという。

◇というわけで、ルンルン気分で妻と出かけた。◇カーナビは、「逗子市の田越川(たごえがわ)が河口に近づくあたりより狭い道を山側へ」までは教えてくれるが、そこから先はお手上げ。◇フェンダーミラーがすりそうな道を苦労して行けば、ゆるやかな上り坂になって最後は行き止まり。◇横浜市や三浦半島には多い、いわゆる谷(この辺では、「やつ」。「やと」という地域も)で、使っているのかと思うような別荘風の家が何軒かあったりして、ミステリアスな風景に、妻は感嘆のていだった。

◇一方のこちらは、それどころではない。何度も切り返してはようやくUターンに成功。◇携帯にて再度場所を教えてもらえば、どうやら途中の枝道を見過ごし、厳しい道をあえて選んでしまった様子。◇まいったが、ミステリアスゾーンを見られただけありがたいと、自身を納得させる。◇目的地は、市の職員住宅のようなところの上にあった。そこの庭に駐車をし、小山をのぼると、ようやく「郷土資料館」へ。

◇100円を払って入館。◇木造の建物が2棟あり、どうやら貴族院議長だった徳川家達(いえさと)という人物が、別荘として大正時代に建てたもののよう。◇入館者はわれわれだけ。管理人のような男性が、親切に説明をしてくれる。◇ガイドブックにあった縁側はたしかに素晴らしく、ガラス越しに相模湾と江の島が一望できる。気象によっては、その後ろに富士山がドーンと控えるはず。

◇これだけでも、来た甲斐は十分と思われたが、男性によれば、裏山に前方後円墳があるという。◇小学5・6年生の2年間だけ、おやじの転勤で仙台にいた私には、在籍した私立小学校が経営する中・高校の校庭に「法領塚古墳」という小さな円墳があり、また自転車で冒険に出かける霞の目飛行場では、巨大な前方後円墳「遠見塚古墳」を目のあたりにするという原体験があるせいか、古墳と聞くとぞぞっとくる。

◇それは、よくいわれる「古代へのロマン」といったフニャラカしたものではない。逆に、どこかピリッとするたぐいのものだ。◇私の中で、古代と現代とが瞬時に直結する装置とでもいったらいいだろうか。◇しかも、古墳不毛地帯の神奈川県に前方後円墳が。ピリッどころか、目が輝いた。◇それも、何とわずか8年前の1999年春、民間人によって発見された2基らしいのだ。そしていまや、国指定史跡。

◇その名を、「長柄(ながえ)桜山古墳第1号墳・第2号墳」(逗子市&葉山町)といい、いずれも全長90m級。◇関西の巨大古墳は400mクラスなので、その意味ではお呼びでないが、例のさきたま古墳群にある「稲荷山古墳」(埼玉県行田市)でも120m級だから、相当程度の規模だとはいえよう。◇10分少々でたどり着けると言われ、チャレンジしてみることにした。

◇何しろ、こちらは昨夏に心筋梗塞で入院した身。妻の後ろにつき、急な階段を一歩ずつ踏みしめていく。◇もう勘弁と思い始めたころ、山の頂上に着いた。そこは2号墳の前方部。その上に、木製の簡易展望台がある。◇ここよりの絶景には、ふたりして息を呑んでしまった。先ほどの、旧徳川別荘からのそれとは、だいいち角度が違う。何ともいえないダイナミズムだ。

◇しかも、途中で出会ったのは1組のカップルだけ。その静謐さと、古墳上にいるわれわれとがつくる時空。こんなに気持ちのいいものはない。◇あとから調べれば、標高90mだという。他地域に、これだけの高度の前方後円墳など例があるものなのだろうか。◇空想は自然に広がっていく。

◇ところで、この先は当然ながら2号墳の後円部となる。そして空撮写真を見れば、山をかなり歩いた先に、今度は1号墳が斜めに横たわっているらしい。◇見たい欲求だけから山をこれ以上進み、万一心臓に何かがあって救急車に助けてもらえなかったりするとまずいので、楽しみは後日へと、違う道から90mを一気に下った。

◇秘密の防空壕を発見したうような、子ども時代のワクワク感を、妻と共有できた冬の日であった。◇帰りには葉山港へ寄り、「葉山港湾食堂」で昼食を。◇さらに余韻を喫茶店でともくろんだ途端、空気圧の低下に気づき、急いで行きつけのトヨタカローラへピットイン。◇最後がしまらないのだ。

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月19日 (金)

いまだコイズミ時代の「爽快=カタルシス」が忘れられず、安倍批判で代償行為をなす社会

◇日本人は、みずからの閉塞感を、あのコイズミの歯切れよい「改革アジテーション」で癒やしている、こんなことをしていると、真の変革は逆に後ろへ追いやられ、閉塞はますます深まる、「失われた5年」は目に見えている、と私は2002年の拙著でくどいほど論じた。◇結果は、ご存じの格差社会。憲法改正と軍事大国に向かってのイデオロギーや諸装置の大転換。社会保障費関係の大削減。

◇カイカク・カタルシスの対価とはまさにこれであり、郵政民営化、旧田中派憎悪、対米従属しかアタマにない単純・小泉をうまく利用しまくった官僚国家が、結局は成功を収めたのだった。

◇しかし、小泉劇場のほころびがようやく表面化し始めた時期に符合し、記者の質問の意さえくめない安倍晋三(★註)が、「イケメン?+擬似北鮮強硬路線」だけを武器に首相の座を射止めたからたまらない。◇こんな軟弱なトップなら、叩いても跳ね返りはないとばかりに、マスコミは遠慮なく批判をするし、スタート時、戦後歴代3位の支持を与えた国民も、さっさと見放し始める。

(★註)日刊ゲンダイ(電子有料版・07.01.10・配信)は書く。◇「昨年末、記者から『総理にとって今年の一文字は?』と聞かれ、真顔で『”変化”の年でしたね』。『いや、一文字で』に『ま、”責任”ですね』。アホか」。◇「本間正明税調会長の辞任では、『一身上の都合』を13回も繰り返しシドロモドロ」。◇私も両方ともテレビで見たが、ウケでわざと言えるようなタイプではなし、任と対応力との不釣り合いに、気の毒にさえなった。

◇これとは対照的な前任者のコイズミは、少しでも非難をされれば、「そういうオマエはどうなんだ」式の、祖父譲りのタンカ。◇慶応ボーイのお坊ちゃんらしからぬこの風情がまた、異色の総理として、国民の溜飲を下げるという悪循環をもたらした。◇本当は、こんな男を論破するのはいちばん簡単なのに、論争に慣れぬ日本人は、先制攻撃に出られるとハハアーッと引いてしまい、逆に、そのやくざチックな迫力を、時代変転の象徴としてどこかで評価してしまうのだ。

◇そんな人間が、飯島秘書官演出のもと、竹中平蔵と組み、5年以上にもわたって破壊し続けた社会。その残がいがいまの日本である。◇しかし、いまさら小泉を批判すれば、一時は8割もが支持した国民にとっては、まさに自己否定。さすがにそれはできない。◇だから、マスコミも国民も、手軽かつ「たしかな」ところでの安倍政権批判と相成る。

◇今朝も、テレビ朝日のスーパーモーニングが、医療費等の切り上げに怒る巣鴨地蔵通りのお年寄りを映していた。◇しかし、それを断行したのは、お年寄りこそ真っ先に支持したはずの小泉政権。だが、コイズミカイカクの結果がこれなのだという風には、回路はつながっていかない。◇揚げ句には、日本社会の底流で、安倍批判→小泉再登場待望論までうずまく始末なのである。

毎日新聞中国総局の飯田和郎が、「重いツケ」と題し、コラム「発信箱」に書いている。(毎日新聞朝刊・07.01.18)。◇「『あの時』とは05年12月の第1回サミット(=東アジアサミット-筆者註)で、小泉純一郎首相(当時)が用意されたペンを使わず、隣の温首相にペンを貸してほしいと頼んだ時のことだ。靖国神社参拝への批判を突っぱねる小泉首相と、首脳会談を拒み続けた中国。それならばと、小泉首相はペンの貸し借りでの『交流』を試みた。虚を突かれた温首相は顔を引きつらせながらペンを渡した。(中略)一方の当事者にとって当意即妙のつもりが、相手方を、さらには背後の国民のメンツを傷つけた。中国人は何よりメンツを重んじる」。

◇飯田はさらに加える。その後の1年、中国は日本侵略戦争の被害者同士としてアジア諸国を巧みにオルグし、域内での主導権を強めたと。◇そして、「影響力を増す中国は日本を尻目に第2回サミットをリードした。安倍首相は前任者の演じたパフォーマンスのツケを懐に帰国した」。◇飯田は、小さなエピソードと大きな流れとを、うまくつないで表現しているといえよう。

◇ユーモアやエスプリと、芸能界的ノリとは違う。小泉は後者の達人だった。◇それこそが、国民に大ウケした。しかし、国際的な場においてさえ、この調子でつまらぬダジャレを連発し、あのブッシュに公然と注意されては大恥をかいた。◇おそらく、自衛隊のイラク派遣に関しても、この手の軽いノリが作用していたのだとIFSAは見る。

◇そして、ノリからくる決断の早さ。石橋を叩いても渡らない政治家を多く見てきただけに、国民はまた、石橋を叩きもしない異能ぶりに喝采を送った。何も考えないがゆえのアクションのすばやさに。

◇そして、小泉の正統的継承者を期待されて登場した安倍は、ユーモア・エスプリはもちろん、芸能界的ノリもゼロ。◇形だけ石橋を叩き、判断保留でボーッとしているような人物である。◇ワイドショーも、困った、切り口がなくて、というのが実態だろう。◇この程度の人間への批判では、カタルシスがもたない、さあどうしたものか。◇無理やりアッキーを仕立ててみても、誰もついてはこないし。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月17日 (水)

「妻による夫殺し」は社会の何を反映しているか

◇先ほど、朝ごはんを食べながら、テレビ朝日の「スーパーモーニング」を見ていたら、渋谷の夫バラバラ殺人事件に関連し、日本における夫婦間殺人を考察していた。◇それによれば、2005年統計で、夫が妻を殺害が88件、妻が夫を殺害は120件、年計208件だという。◇2000年までさかのぼっても、どうやらこの傾向は変わらないらしい。

◇ここで驚くのは、「夫→妻」よりも「妻→夫」のほうが多く、比率は約4:6という点と、日本中で3日に1度は妻が夫を殺している(夫が妻に殺されている)という事実。◇しかも識者によれば、「妻→夫」のケースの6割は、夫からの暴力(DV)被害者だったという。◇今回の渋谷の事件も、妻は鼻の骨を折られる暴力を受けていたとのこと。これは、犬も食わぬ夫婦ゲンカの範疇を明らかに逸脱している。

◇この事件には、殺害後に夫を切り刻み、しかも台車や電車で何回かに分けて捨てにゆくといった突出した異常性が見られるし、「擬似ヒルズ+擬似セレブ」カップルといった笑っちゃうシンボルも付随しているが、そこはさておき、今回は妻による夫殺しの部分だけを取り上げてみたい。

◇ここ10年ほど、気になって仕方のないことがある。それは、若い男の、女性に対する見下した態度。◇まずは名前の呼び捨て。親愛の情によるそれとはとても思えない上下関係の色合いを含んでいるのが特徴で、女性もそれを甘受というより、心地よさそうに受け入れている。◇そして次は、女性へのオマエ呼ばわり。テレビでも堂々と市民権を得ている。

◇われわれ団塊世代には考えられないことで、そんな輩がいれば、女性からも男性からも、すぐさまつまはじきにされるだろう。◇それでいて、ファミレスなどで見ていれば、あの威張りくさった若者は、レジにて女性といつも割り勘。ここだけはきわめて「民主的」なのだ。◇そして逆に、女が男に求める条件は、イケメンとカネ。プラス、できれば有名大学と血筋。

◇これらの与件を前提に、というか、ひきずりながらふたりが結婚をすれば、その先いったいどうなるか、予測はつこうというものだ。

◇何も、団塊世代が進んでいるといいたいのではない。それどころか、まだまだとてもで、ひどいのはいっぱいいる。◇それでも、われわれの親の世代よりは、確実によくなってきていた。◇ところが、昨今の若者の風潮を見ていると、間違いなく戦前方向へと回帰している。男がそれを主導し、女がそれを助長しながら。◇しかしいかんせん、昔とは社会的インフラが違うから、助長派の女も、いざ結婚し、毎日のように自分へ火の粉が降りかかり始めると、ハタと目覚め、しまいには何らかの行動へと打って出るのだ。

◇まず多くの女性は、子どもを産んでお受験へ。◇「夫→妻」への支配を、「妻=母→子」へのお受験支配で中和させようともくろむ。そして大学受験までは、この代償行為によって何とか乗り切っていく。◇問題の噴出は、子どもの大学入学で目的意識を喪失したその先であろう。◇対する、もう一方の極の女性は、殺人を犯さないまでも、憤怒の渦のなかでDVに耐え、出口を模索中。◇社会学における理念型的概念でいえば、こうなろう。

◇結婚前から威張りまくりの男、こういう人間に限って、共働きをこころよく思わず、家に閉じ込めようとする。◇イケメンとカネが物差しのばかな女は、この規制を逆にハイグレードだと思い込む。◇高度成長期、新品の団地から勤めに出る夫を見送る専業主婦、それが大衆のアッパーだと思われていた風俗史的事実ともどこかで通底する。◇ところが、いったん話がこじれるや、「悔しかったら自分で稼いでみろ。誰に食わせてもらっているんだ」。こうなるにきまっているのに。

◇女性のほうが現実的、というか、最後は地に足がついているから、ここまでくれば、あれだけあこがれたイケメン・カネ、それに学歴・血筋などの虚妄性には、たちどころに気がつく。◇しかし、夫は相変わらず、それらこそが武器だと思って疑わない。◇この裂け目が生むものは、容易に想像がつこう。

◇実は、男も女もひっくるめたこれら総体こそが大いなる虚妄。◇今回の事件でいえば、殺された夫、猟奇殺人の妻、この女性との1時間以上にもわたる電話を、誘導尋問調で録音し、マスコミへ流す「夫・妻共通の友人」。◇すべてに、油の上を流れる水のごとき、少しも地層へしみこまない白々しさを感ずるのは、私だけではないだろう。◇ただ、この女性の電話での会話には、「気づいた女」のある種のリアリティがあったといったら、奇異に聞こえるだろうか。

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月15日 (月)

IFSA注目のマイナーな記事=自衛隊派遣を「ためらわぬ」と得意満面な安倍首相

★★自衛隊派遣「ためらわぬ」…首相、NATOで初演説
YOMIURI ONLINE(07.01.13)

◇待ってました、単細胞!◇読売のこのタイトルは、安倍晋三の本質をたった1行で巧みにあらわしているといよう。

◇記事によれば、NATO本部での演説において安倍は、「防衛省発足に伴い自衛隊の国際平和協力活動が本来任務になったことを説明し、『一般的な法的枠組みを含め、国際平和協力の最適なあり方を議論している。憲法の諸原則を順守しつつ、今や日本人は国際的な平和と安定のためなら、自衛隊の海外での活動をためらわない』と強調した」とのことだ。

◇中身のない人間にかぎって、人の命や国の命のかかわるこうした局面で、苦渋すらなくさっそうと見えを切りたがる。◇それは、自分のアタマの悪さをどこかで感じているだけに、こういうところで存在意義を示さないかぎり、ウケル道はないと熟知しているからだろう。◇しかし所詮、自分のコトバでは何も語れないから、大衆にはウケナイ。支持率は下がる。◇他方の小泉は、言っている内容は大ばかでも、語りのスタイルとコトバは自己流。それが国民を勘違わせた。

◇超ベストセラー『人は見た目が9割』の著者で、劇作家の竹内一郎は言う。◇「私の言う『見た目』は顔形ではなく、政治力、実行力を見せつけるパフォーマンス、その人の生き方からにじみ出てくる信頼感です。それがないから、坊ちゃん顔の若手議員の討論には、迫力がありません」。◇また、「留学帰りで坊ちゃん顔のお利口さん」は、「肝心な場の支配力に欠ける」とも言っている(以上、「政治に思う(6)」・毎日新聞朝刊・07.01.12)。

◇そして次なるポイントは、防衛庁の省昇格。民主党も賛成なのだから、実質的には国を挙げての実現ということになる。◇日経新聞までが、「★★民主が『防衛省』法案賛成へ・参院選へ戦略見えにくく」(NIKKEI NET・06.11.30)と書かざるを得ない、閉塞社会情況の高度化である。

◇それもこれも、コイズミマジック興行大成功のなせるわざ。というより、コイズミなんかにコロッと参ってしまった国民的脆弱さのゆえだろう。◇IFSAが冗談半分・本気半分で言ってきたところの、「コイズミを熱狂的に支持した人間は、孫が徴兵制でとられてから後悔しても遅い」の、ヒタヒタとした現実性。◇安倍は単に、コイズミが栽培したフルーツを収穫したにすぎない点を銘記すべきだろう。教育基本法改正にしても。

◇弁証法のない白か黒かの日本人的思考。それを追究する私の「二分法日本人論」に対し、おまえこそ二分法の体現者だ、といっては批判したつもりになっている人間がいる。◇そして彼らはきまって、コイズミ信奉者。現時点に至っても、それへの反省すらない。◇毎日新聞が夕刊の全面を使って組む「この国はどこへ行こうとしているのか」で、85歳になろうというドナルド・キーンが、それに関して示唆に富むことを述べていた(毎日新聞夕刊・07.01.09)

◇「極端から極端に走る。それは、人間にとって、いたってやさしいことなのです。自虐症から慢心に走るのはね」。◇「日本人はすぐ自虐症になる。日本はもう駄目だ、立ち直らないとか。(中略)そうすると今度は、『日本は最高だ』と言い始める」。

◇「極端に走りやすい国では今年5月、憲法施行から60年を迎える。武力放棄をうたう条文は時代にそぐわない、自衛隊を『普通の軍隊』にできないものか、という声を最近よく耳にする。だが、キーンさんは『変える必要はないと思います。自衛隊は今のままでいい。災害時には海外に行けますから』と言う」。◇しかし現実は、以下のような体たらくへと突き進む。安倍のコトバどおりに。

★★イラク特措法の1年延長を検討 政府、米新戦略受け判断
asahi.com(07.01.12)

◇「政府は11日、ブッシュ米大統領が新戦略を発表したことを踏まえ、7月末に期限が切れるイラク特別措置法を1年延長する方向で検討に入った。段階的な米軍撤退シナリオが見送られたことで、米国主導のイラク政策の支援が引き続き必要と判断、航空自衛隊の多国籍軍への支援は当面継続される見通しだ」。

◇あの米国民ですらノンと言い始めたことに、今後もとことんコミットしていくつもりの、右派コイズミ親分メッセンジャーたる安倍晋三。◇しかし一方では、防衛大臣(当時・防衛庁長官)の久間章生が、「★★イラク戦支持は『前首相の個人的見解』 防衛庁長官」(asahi.com・06.12.07)の正論かつ奇論を展開するという、不思議な内閣でもある。

◇問題は、二分法によるスッパリしたキャッチフレーズではなく、複雑な事象をあくまでも複雑に考え抜き、方途を見いだそうとする実質。そして、その裏打ちとなるべき生活実感。◇団塊世代のまずなすべきことは、ソバ打ちや、アリバイ証明的ボランティアの前に、やはりこれではないかと、IFSAは思うのだ。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月14日 (日)

IFSA・週末連載「散歩の凡人=田舎的大都会・ヨコハマの魅力=伊勢佐木町界隈へ」

☆「IFSAの休憩室=住んでみて分かった田舎的大都会・ヨコハマの得難い魅力」と題し、(1)(2)をそれぞれ06.11.13と06.12.18に掲載しましたが、この横浜シリーズは今回より、「IFSA・週末連載=散歩の凡人」コーナーに組み込みます。一般的イメージに反し、住んでみてはじめて分かる「田舎をビルトインした大都会・横浜」。その魅力の一端をお伝えできればと。

◇土曜日の今日は天気もいいので、横浜の家から散歩(兼)書籍探索へとに出かけた。◇金沢文庫より京急の快速特急で上大岡、そこからは普通電車で黄金町へ。下町的というより、単に古めかしいとでもいうべき駅だ。

◇金沢・磯子両区の区境あたりから発する小川のごとき大岡川は、この辺ではすでにかなりの川幅をもち、水鳥の遊ぶ豊かな水面が太田橋より見える。◇橋を渡って左折し、川沿いに港方面へと向かう。すぐに道が二手に分かれ、右へ。◇東京の都心部ではいまやほとんど見られなくなったストリップの「黄金劇場」がそこにはある。しかも装いは昭和30年代そのもの。これが何ともいい。

◇この道の右側を並行して走る小路へ出れば、角にノスタルジックな横浜日劇が。◇残念なことに約2年前閉館となった映画館だが、幸いにも建物は存続。何ともすばらしい文化財だと、私は思う(横浜市市民活力推進局のHPにて見ることができる)。◇さらにもう1本右(南東側)の道に歩を進めると、そこは関内駅近くまで延々1キロあまりにもわたる伊勢佐木町商店街&イセザキモール。◇今回はいわば、商店街を裏門から表門へと逆走していることになるわけだ。

◇この長大商店街。青江三奈のヒット曲「伊勢佐木町ブルース」(68年)に唄われた時代の、トップ繁華街としてのパワーはすでになさそうで(当時の勇姿を私は知らない)、横浜駅前や元町に客を奪われているのは歴然といったところだが、どこか東京の「上野的」に、場末的雰囲気が加わるこの通り周辺は、人間をホッとさせると同時に、少々緊張させる面もある。◇だが、このアンビバレンスこそが、何度か足を運ばせる要因でもあろう。

◇ところで、この通りに古本屋が多いのを知ったのは、横浜に家をもってからのこと。近くに大学があるわけでもなし、なぜなのだろうか。◇まずは、右側にある「なぎさ書房」へ。アダルト系も扱っているのは商売上止むを得ないとして、中身は相当に充実している。◇たまたま出会ったのが、私の在籍した学部の日本文学教授だった長谷章久『東京歴史物語』(角川選書)。最近集中して取り組んでいる上野論・江戸東京論には必須文献と思われ、すぐに購入した。

◇大通りを突っ切り、伊勢佐木町2丁目のイセザキモールへ入ってすぐの左側には、先生堂という古書店が。オデオンビルから引っ越してきたと、以前に店主から聞いたが、ここの目利きぶりはかなりのものだ。◇『江戸三百年(1)(2)(3)』(講談社新書)の3冊揃・630円というのを、まってましたと買った。編者のひとり、芳賀登は、いまも私が謦咳に接する筑波大名誉教授の熱き歴史学者だ。◇たまたまだが、今日は若いころから存じ上げる先生たちの著書に行き合い、何か運命的なものを覚えた。

◇そして最後は、歴史的建造物「横浜松坂屋」手前の「田辺書店」に入る。◇ここは以前、たしか女性の主人が経営し、店内のあちらこちらに「○○をしないで」等の注意書きがある、堅苦しくも超本格的な古書店だった。◇馬車道のほうへ引っ越すと聞いていたのに、名は変わりながらも、店は健在だ。

◇2階への急な階段を上ると、神保町にも劣らぬクオリティーが現出。◇お店を引き継いだ経緯を、新しい主人が話してくれた。◇購入書は、加藤秀俊『「東京」の社会学』(PHP)と波多野純『復原・江戸の町』(筑摩書房)の2点。◇今日は、短時間で効率的な収穫となった。◇それから、古風な建物が魅惑的な、横浜を代表する新刊書店・有隣堂本店へ。◇しかし、ジュンク堂に慣れた人間には、いかんせん点数が少ないのが食い足りない。

◇帰りは、人出の少ない吉田町・都橋商店街・野毛を通り、日ノ出町駅から京急に乗った。◇今日歩いた光景はほとんどが昭和レトロで、よくいえば東京のようなすさまじい開発を免れている。◇ただ、それを現実的にいえば、横浜都心部へこんなに近い(東京なら港区・文京区クラス)のに、開発の手があまりのびないといったところだろうか。

◇その意味でも、横浜はやはり、田舎的大都会なのであった。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月12日 (金)

クルマが売れないと嘆く割には、団塊世代を満足させる車種に乏しい。どうしてなのか

◇久しぶりに自販連(日本自動車販売協会連合会)のHPを見て、何点か驚くことがあった。◇まずは2006年(暦年)の車種別販売統計。1位のカローラは当然としても、ベスト10のうち、トヨタが7、ホンダが2、日産が1というその構成。◇日産は、2年くらい前にはかろうじて入っていたキューブ、マーチという低価格車までが圏外にぶっ飛んでいる。

◇4年半前に拙著『変わりたい日本人 変わりたくない日本人-日本的閉塞社会論-』(はる書房・2002・08)で詳細に分析した日産凋落論は、ゴーン体制のエセ成果主義によってますます加速・強化されているのがよく分かる。

◇もうけがしらの10位クラウンに対するかつての強敵、フーガ(旧名・セドリック・グロリア)は、ベスト30にも顔を出さないから、比較する気も起きない。◇分かりにくい車名・フーガとは、「風雅」だったり、音楽形式の「フーガ」だったりと、つまらないところに力点をおいていて、何ともしまらない。◇鳴り物入りで登場の新型スカイラインも、ワンパターン・デザインでおそらくダメだろう。

◇ところでもっと深刻なのは、業界全体の新車国内販売量だ。◇<普通+小型乗用車>の97年が約357万台に対し、06年は約313万台、-44万台・-12%の大幅減を記録。◇一方、ご存じのように、軽乗用車は同比+59万台、+64%といった空前の売れ行き。◇いったい、これは何を意味しているのだろうか。

◇私がいま乗っているアリスト(トヨタ)はもう7年を経過するが、どこといって悪いところはなく、エンジンもすこぶる快調。車検を通して間もないから、当時「不良中年のクルマ」と言われたこのユニークなスポーティー・セダンに、あと2年は乗るだろう。◇クルマをもってから26年で、これが6台目。アリストとはいかに長く付き合っているかだ。◇こうした傾向はどこの家庭でもおそらく同じで、となれば販売台数が減ったところで何の不思議もない。

◇クルマが売れない理由には、以下のようなものが考えられる。◇(1)昨今の経済事情→必然的に買い替えがのびる。自家用車ばなれ。軽自動車への移行。◇(2)クルマそのものの価値(=ステータスシンボル)が急速に減退→クルマが趣味品から単なるツールへと移行。むしろ、軽量な電動アシスト付き・スポーツタイプ自転車でも出れば、そちらにこそ惹かれる。◇(3)あえて買い替えたくなるような魅力的車種が見当たらない→私にとってはこれが実態。そして、ここが本日の関心事である。

◇正月明け、半日だけ時間があいたので、大津市内でレンタカーを6時間借り、近江八幡まで往復してきた。◇短時間のため小さいクルマでいいですといったところ、ベルタなる、自動車大好き人間の私でも知らないような1300ccのクルマが。◇こんなクラスでも、内装はやはりトヨタ式でgood!だが、排気量がこれだから、ちょっと踏み込めばゴーッとうなりを上げる。しかしいったん走り出すと、一般道なら何の不足もない。

◇われわれ夫婦が異口同音に感心したのは、着座位置の適度な高さと上下左右の視界のよさ。◇高齢者の入口に差しかかったわれわれ、それからドライブで景色を楽しむのを無類の喜びとする団塊夫婦には、これにまさるものはないとの思いを強くした。◇もちろんこの利点は、視力・判断力・運動能力の衰えかかった年齢層への安全にも寄与することだろう。◇3000ccクラスでこんなクルマがあったらいいな、という話に傾いたのは当然であった。

◇還暦ともなれば、クルマを買い替えるにしても、せいぜいあと2回くらいかという寂しい話になる。ならば、世間体など関係なく、自分たちのライフスタイルに適合した明確なクルマを択びたい。しかしそれがない。◇視界がいいとはいっても、ハリアなどの、運転席のフックに手をかけ、我が身を引っ張り上げるようなものは論外。◇夫婦ふたりだけなのに、エスティマのごとき3列座席も邪魔なだけ。

◇かといって、若夫婦御用達のミニバンは、やはりショボイ。◇クルマというのは、排気量を下げるのはなかなか抵抗のあるものだから、3000ccはほしい。◇本当のところ、タウンカーには軽か1300ccクラスと、2台を使い分ければいいのだが(以前はそれもやってみた)、諸経費からしてかえって不経済。◇だが、トヨタカローラ横浜のベテラン技師に相談しても、いまのところそうしたラインアップはないのであった。

◇3リットル車で着座位置がそこそこ高く、フロントビューも良好、新型カローラフィルダーのように後部がフラットになって、荷物や自転車も積みやすい、後席丸見えワゴンの欠点を補い、カメラ等の貴重品器材を床下に収納できるようにする。◇こんなクルマが出れば、多分、団塊世代のかなりの部分が食指を動かすのではなかろうか。

◇自動車メーカーに必要なのは、各世代にわたる、もっともっとの生活感だろう。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月10日 (水)

子どもって、親が作り上げた商品なのか

◇正月明け、心臓専門医の許可を得て、昨夏の入院後はじめて飛行機に乗った。リスク軽減の意味から、国内では最短距離に属する東京-大阪(伊丹)間を利用。◇1泊目は京都、2泊目は大津に宿をとったが、街歩きについては週末連載の「散歩の凡人」に譲りたい。

◇旅の2日目、県庁所在地にしては超閑散のJR大津駅に降り立ち、ゆったり階段を下っていくと、前には母親に連れられた小さな子が2人。私にはヨチヨチ歩きに毛が生えたくらいにしか見えない。◇子ども好きのわれわれ夫婦のこと、かわいいと言いながら、おそろいの背中のバッグに目をやれば、「kids academy」のロゴが。

◇親は誇らしげに背負わせているのだろうが、こちらはとたんにゲンナリ。◇2年ちょっとの赤ん坊段階を脱するや、子どもはすぐさま親の商品と化すのが現実のようだ。◇私の住む板橋の駅でも、夜の9時すぎ、Nのマークを付けた大きなカバンを得意そうに背にするガキどもと、それを駅まで迎える親をたくさん見かける。◇あまりに貧しい光景ではないか。

◇先日触れた野依良治教授の「塾禁止論」が現実味を帯びるのは、こうした社会現象に接したときだ。◇こんな風にいえば、社会主義的統制はケシカランの反論が出るにきまっている。◇だが、自分たちこそが、まさに悪しき共同幻想といった、それこそ社会主義的潮流にモロ乗っていながら、一方でご都合主義の自由を唱えるのだからわらってしまう。

◇これらに対するもっとも有効は方法は、塾通いなどダサイ、ずれている、社会から取り残されているといった方向性を社会的に構築し、実績を示していくこと。◇そうすれば、もともと自分の信念で塾通いをさせているのではない「社会主義的思考」の親たちは、あわてて路線変換し、今度は新方向での先頭に立とうとすること必定だろう。

◇ところで、「上野公園論」執筆・出版準備のなかで出会った本のひとつに、「上野のれん会」が出した大部の書籍『うえの春秋』(80.05)がある。◇限定千部でナンバリング付。先日、ネットの「日本の古本屋」にて、青森市の書店から2000円で購入した。◇何と432ページ。文豪・芸術家・学者・実務者の、錚々たるメンバーが書いている。◇あまりに魅力的なので京都旅行まで持っていき、その重さに肩がこってしまった。

◇今回のブログ内容に関連すれば、岡野俊一郎(サッカー)・杉浦宏(上野動物園)・無着成恭(明星学園)・荻さく子(TBS)による「現代こども気質」が無類のおもしろさを誇る。◇TBSラジオの「こども電話相談室」をめぐる座談会であった。

◇「(前略)しかしいまの子は、自分でやってみて、それで判らなくて(電話相談室へ-筆者註)聞くのですかな」(岡野)。◇「(前略)箸の持つところが太くて先が細いのはなぜですか?なんでも素直にきくのはとてもよいことだけれども、きく前に自分で箸を逆さまに持って使ってみたらどうかと思っちゃう」(杉浦)。

◇「(前略)道元禅師が流石にいいことを言ってます。耳できいたことはすぐ忘れる、目で見たことはようやく覚えるが、本当に身につくのはやったことだけだ、智慧というのはそういうものだと(後略)」(無着)。◇「(前略)身のまわりのことの教育はレベルが低くて、生活から離れたもののほうが高級だと錯覚してるんじゃないのかな(後略)」(岡野)。

◇「(前略)富士山の登り口は一つだけでないということを教えるので、上まで連れてゆくことはないのです」(無着)。◇「いい加減のようにみえて。絶対にいい加減ではない」(杉浦)。

◇「母親と赤ちゃんはヘソの緒でつながっている、とよく言うでしょう。それが違う。胎盤に外側からお母さんの血管がいっぱい刺さって、それで栄養が伝わってゆくのだけれど、こんがらがってるようできれいに離れるのです。だからヘソの緒を流れるのは赤ちゃんの血で、母親と血はつながっていない。その証拠に血液型が違うでしょう。ということを大人は明確に認識すべきです。そうするとバーンと突き離(ママ)せるんですよ」(無着)。

◇「親が先に死ぬのが自然の順序ですね。死んだあとも、子供ひとりで生きてゆけるように教えるのが、親というものでしょうね」(岡野)。

◇新年早々に起きた、歯科医師一家での、兄による妹殺害事件。◇上記の話とは遠いようでいて実はきわめて近い、とIFSAは考えている。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月 8日 (月)

IFSA・週末連載「散歩の凡人=元日に浅草の待乳山聖天へ行った」

◇元日。午後からどこか近間へぶらっと出かけようと妻と話すが、そんなに込んでいなくて行ったことのないところ、そこがなかなか思いつかない。◇ではと、とにかくクルマを走らせ、通り過ぎる交差点でひらめくものがあればそちらへ、の手法に切り替える。◇得意技とはいえ、新年からいい加減な話になった。

◇R17と環七が交差し、上を首都高5号線が走る大和町、その日本一空気の汚い四つ角で浮かんだのが、浅草寺のちょっと北東、言問橋に近い待乳山聖天だった。◇なぜここかといえば、ときどきクルマで前を通ることはあるが、一度も入ったことがない、また最近、上野公園論執筆の関係で江戸・東京の川と地形を研究し始めれば、かならずといっていいほど、この待乳山が出てくる、ではひとつこの目でというのがきっかけであった。

◇「待乳山聖天=まっちやましょうてん」。私は年来ずっとそう呼んできた。ただ、帰宅後にネットを見てみると、「ちやましょうん」だという。◇待乳山聖天(本龍院)の公式HPがそう書くのだから、疑問を差しはさむ余地はあるまい。◇しかし、語感がもたらすイメージからは肩すかしを食わされたようで、どこか調子が狂う。

◇浅草一帯は、隅田川以西の東京ではむしろ珍しいのべっとした平地だが、浅草寺からほど近い隅田川河岸の待乳山だけは、正真正銘の天然小山。だから本来は真土山(=本当の土の山)と書いたのだと、ものの本は言う。◇しかし、水害防止のため日本堤(いまはその片りんもない)を築いたときに、この山の大半を崩し、築堤に用いたのだとも。◇こんな逸話こそが、待乳山へ行きたくなるきっかけだった。

◇今回訪ねてみて、なるほど、本堂へ至る部分の地盤のみがかろうじて残されている具合がよく理解できた。周囲はなだらかな傾斜ではなく、すべてが断ち切ったような崖になっていたからだ。自然の地形にしては、これは不自然すぎる。◇そしてここでは、大根をお供えするということをはじめて知った。◇お寺の入口を入ってすぐのところで、大根を求める人々が大勢いる。そばには、三浦市農協の段ボール箱がいくつも積んであってほほ笑ましい。

◇そこから隅田川左岸をちょっとのぼれば、今宮神社がある。ここも名前だけで行ったことはない。◇境内はかなり広いが、あまりに殺風景。荒れ地の中にぽつんと本殿が建っている風情。戦災といっても60年もたっていることだし、何か事情でもあるのだろうかと想像してみたくもなる。

◇ただ、そこそこ大きくなった木に、「献木 銀婚式記念 ○○郵便局長」として、夫妻の名前を書いたプレートが巻きつけてあったりするのは、気取りのない下町らしくほんわかとして、気持ちがよかった。◇地元名士としての矜恃(きょうじ)も込められていることだろう。

◇帰りは裏門から出て、立派なビルの都立台東商業高校(HPを見ると、あと2年で閉校だとか)の前を通り、クルマを駐めた待乳山へ戻る。◇そのとき横断するのが、山谷堀公園。堀をすべて埋め立てておきながら、「現在は、水と緑の憩いの公園として整備されている」など、シラッとした伝言を平気で掲げる、全国的にもうおなじみ、行政マン得意の手法だ。

◇細長い公園の両側に木を植え、わざとらしく道を曲線にし、環境を整備したつもりでいるあの無用の長物。◇最初だけで手入れもしないから、そのうちに荒れ果て、子どもが遊ばなくなるのはもちろん、昼でもどこか怖くて、女性は歩かない。◇そして、生活臭の消えた、地域から浮きまくる空間に。◇江戸の貴重な遺産である堀をそのまま残し、水質を浄化するほうが、予算もかからずよほどいいのに。◇本当に困ったものだ。

◇この山谷堀は、石神井川(音無川)を北区王子の線路際で分水、飛鳥山の麓から日暮里方面へ走らせ、都電終点のある三ノ輪橋(よって、この橋名が残った)経由、例の吉原を見ながら隅田川まで流したもの。◇こういう風に水路を追っかけていくと、いやがうえにも想像力を刺戟されるから、都市内中小河川ほど魅惑的なものはないといえる。

◇そんなことを思いながら隅田川を言問橋で渡り、あまり記憶にない清澄庭園へとクルマを走らせた。◇しかし、元日は閉園だという。周囲には、深川七福神を詣でる人々がちらほらと見られたが、街は閑散。◇この寂しさもまた、正月らしくていいものであった。

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月 5日 (金)

ノーベル化学賞受賞者・野依良治教授の日本社会論は群を抜いていた

まれに見る中間層の充実とパワーが日本の社会経済力を世界有数の地点にまで高めた、しかしコイズミ・竹中的市場原理主義の導入により、その優位性はメタメタに。◇余波は「格差」にとどまらず社会の隅々にまでおよび、企業の現場をもむしばんでいる、と当IFSA通信は昨年末2度にわたって論じた。◇←(「成果主義」はなぜダメか=「高水準な中間層の存在こそ日本の原動力」の認識がないからだ(上)=06.12.22」「同(下)・06.12.25」を参照)

◇そんな情況下、正月くらいは穏やかにの思いから、ゆったりしたまなざしで新聞の電子版を眺めていたら、ノーベル化学賞受賞者の野依良治が、これに関係する重要な事柄をさりげなく発言しているのに出会い、思わず心動かされた。◇野依は長い間、名大で教え、現在は理研の理事長。◇何の関係からか、安倍晋三に懇願され、昨秋からは首相の私的諮問機関「教育再生会議」の座長も引き受けている。

◇日本人のノーベル賞受賞者といえば、人間的にも思想的にも、また文筆面でも超一級だった朝永振一郎を、われわれの世代はすぐに思い浮かべるが、野依の思想性についてはいまのところ何も知らない。◇かつてテレビで、学生をバチバチ叱りとばしている厳しい風貌を見たのと、つい最近、「塾を禁止せよ」発言に大いに注目したことくらいである。

◇それにしても、「『塾は禁止』 教育再生会議で野依座長が強調」(asahi.com・06.12.23)のスケールとインパクト。社会科学面でも、ただ者ではないことだけはうかがえる。

◇さて、東京新聞電子版に掲載された野依発言を私なり集約すれば、以下のようになる。◇引用はすべて、「野依良治 教育再生会議座長に聞く」(Chunichi Web Press・07.01.01)からだが、これぞ東京新聞(中日新聞)の見識の高さを示した記事と言えるだろう。

◇「(現在の日本人に求められるものは?-筆者註)正しい規範と実世界に生きる術(すべ)だ。その上で、立場の違う人々と理解し合い、協力しないと生きていけない。たくましく、しなやかに生きるためには、対話力、国なら外交力が必要だ(後略)」。

◇「(日本を支えるべき人材とは?-筆者註)望ましい人材は画一的ではない。多様性が必要だ。人によって能力も価値観もそれぞれ違う。一つの能力だけを見ると当然優劣がつくが、お互い尊重し、うまく交じり合わなくてはならない。異なる能力、機能をもつ人たちが相補的になったとき、初めて社会はよくなる(後略)」。

◇「(望ましい社会とは?-筆者註)僕は競争社会はあまり好きではない。家族は一番小さな社会だが、競争社会ではない。『和を以(も)って貴しと為(な)す』という聖徳太子の言葉があるが、それこそが日本社会の特質。アメリカの競争主義社会はビジネス、スポーツなどにはいいが、すべてに当てはまるものではない(後略)」。

◇「人は自然、社会環境に対峙(たいじ)し、順応しながら生きている。一人では無理、仲間がいる。両親が常に『いい友達をつくれ』と言っていた。友達との関係は、自分の存在に肯定感を与える。今の自分があるのはすべて先生と友達のおかげと言ってもいい」。

◇では、競争を勝ち抜いていく最先端の科学者・技術者、その育成をどう見ているのだろう。自分もトップを走ってきたその道は、競争ではなかったのか。◇「その通り。科学技術はトップがその水準を引き上げる。トップ人材を育てるという意味では、平等主義はよくない。個人能力の差は歴然と出るが、優れた能力を最大限伸ばす社会の風土が不可欠だ。同時に技術開発は協同による総合力が必要。競争と協力は共に必要、両立するはずだ」。

◇単純極まりない「米国流市場原理主義・競争主義・成果主義」への鋭い批判に、これはなり得ている。◇そんなこともあり、ついつい長い引用をしてしまったが、野依の発言は簡にして要、ラディカル(根源的)を旨とする。

◇それにしても、居ながらにして元日からこれほどの思想に触れられるとは。◇掲載の東京新聞には感謝だ。(敬称略)

★★[IFSA]★★阿部道生

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2007年1月 3日 (水)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

旧年中はIFSA通信をお読みいただき、まことにありがとうございました。
皆さまのアクセスに励まされ、ここまで続けることができました。
本年はさらにいろいろと改良を加え、読みやすい「通信」となるよう、
努力してまいります。
変わらぬご愛顧とご鞭撻をお願い申し上げます。

阿部社会学ラボ(IFSA)主宰・阿部道生


昨年は心筋梗塞にて夏に救急搬送、そして1カ月の入院となり、退院後は診察・検査・リハビリ・食事療法(現在は「食餌療法」とは言わないらしい)・運動療法の毎日ですが、おかげさまで経過は順調に推移しています。ただ、別の件の検診に引っかかり、年末の27日まで検査という1年でした。結果は問題なしで大喜びなるものの、心労と安堵感の複合から、年末年始は久しぶりにボワッと過ごしてしまいました。

新年のIFSA通信は、サラリーマン社会の稼働とともに動きだす予定です。よろしくお願いします。

なお、従来のIFSA通信に対し、妻から指摘されていることは、(1)文章は長すぎないように。(2)あまり小むずかしいことは言わないように。そして、妻と共通の大学時代の友人(女性)から言われていることは、(3)目に優しくないので、カタイ漢字は多用しないように。

今年はそれらに心して書きつづるつもりです。

★★[IFSA]★★阿部道生

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